「グラッドお兄ちゃん、居る?」

手に大きな箱を持った名前が、駐在所の中を覗きながらそう声をかけた。

「どうしたんだ?」

名前の声を聞いて、グラッドが奥から顔を出す。

「言っとくがシャルロは来てないぞ」
「なんか私がいっつもシャルロ探してるみたいなんだけど」
「でもこの前も追いかけてなかったか?」
「あれはシャルロが悪――じゃなくて、私グラッドお兄ちゃんに用事があるの」
「俺に?」

グラッドが自分に向けて人差し指を指すと、名前が当然という風に頷いた。
一体何のようなのだろうかと訝りながらもグラッドは表へと出てくる。

「で、俺になんの用なんだ?」

聞きながら、グラッドは名前が手にしている大きな箱へと視線を向けた。
その箱はがたがたと小刻みに動いている。グラッドはなんだか嫌な予感を感じた。
そして、その予感は見事に的中することになる。

「あのね、グラッドお兄ちゃん。この子を、預かってくれない?」

名前がそういいながら開けた箱の中には、小さな仔猫が入っていた。

「なっ…これをか!?」
「うん。この子。捨てられてたんだよ、可哀想でしょ」
「…あのなぁ……自分の家では飼えないのか?」
「だってお母さんが動物ダメなんだもん」
「なら拾ってくるんじゃない」
「……グラッドお兄ちゃんまでそんなこと言う………」
「お前なぁ…俺だって事情って物があるんだから仕方無いだろう」
「だってこの子、こんなに小さいのに捨てられちゃって…このままじゃ死んじゃうかも知れないんだよ!?
それなのに…グラッドお兄ちゃんはそれを見捨てろって言うの!? そんなのあんまりだよ!! グラッドお兄ちゃんの馬鹿!!」

そう言って名前は俯く。
その肩が小刻みに震えているのを見て、グラッドは慌てた。
周りの人の視線が痛い。これではまるでグラッドが名前を苛めて泣かせたみたいではないか。

「お、落ち着け、名前」
「うっ……っく……お兄ちゃん、ひどい…」
「ああああ! だから落ち着け! とりあえず泣き止むんだ、ほら。なっ!?」
「ふ……ぅ…っく……」
「あぁもう! 分かった! 分かったから泣き止め!!」
「……?」

勘弁してくれという風に叫んだグラッドを、名前が不思議そうな顔で見上げる。

「その猫を、ここで飼えばいいんだろ?」
「……良い、の?」
「その代わり、名前も世話をするんだぞ? 良いな?」
「…グラッドお兄ちゃん、有難う!!」

今までの泣き顔は何処へやら、名前は満面の笑みを浮かべた。
そして嬉しそうに、箱の中にいた仔猫を外へと出してやる。
仔猫は一声にゃあと鳴くと、ここが我が家と言わんばかりの自然さでするりと駐在所の中へと入っていった。

「はぁ……お前には勝てないよ」
「えへへー、グラッドお兄ちゃんはやっぱり優しいね」
「飼うからには絶対に面倒を見るんだぞ?」
「勿論!!」

元気良く頷いて、は仔猫の後を追って駐在所へと入っていく。

「全く………ま、これくらいの我侭だったら聞いてやれないことは無いけどな…」

現金な奴だと思いつつ、名前の幸せそうな笑顔を思い出してグラッドはそうひとりごちたのだった。



(安上がりな幸せを貴方の隣で)