俺の主は審神者をしている。
というのはまあ、俺がここに居る時点で半ば当たり前なんだけど、知らない人もいるかもしれないから、少しだけ説明しておこう。
審神者というのは、この俺のように、刀に宿る付喪神を呼び出し使役することで、歴史改変を企む『悪』と戦う人間のことだ。
かくいう俺と主も、日夜命がけの戦いを繰り広げているわけだ。
とはいえ主は基本的には後方にいて、主に戦うのは俺たちの役目だけど。
勿論だからといって、危ないことを俺たちに全部やらせて自分だけ安全な場所でふんぞり返っている、ってわけじゃない。
寧ろ俺たちからすれば、主には本丸でお留守番しててほしいぐらいなんだけど、

「自分だけそんなところでじっと待っているなんて出来るわけないじゃない!」

って言ってついてくるような人だ。
俺の主は優しい。割と誰にでも優しいけれど、主が審神者になって一番初めに出会った刀が俺だからか、俺には特別優しくしてくれている、と思う。
目をかけられてるっていうのかな、主の言動の端々で「ああ、俺、大事にされてるな」って思う瞬間があって、それがすごく幸せ。
とにかく、俺は今の主に巡り敢えて心の底から良かったと思ってるんだ。
ああそうだ言い忘れていた。主の名は名前と言う。



(俺の 主を 紹介します)



紅く塗り上げた爪を見せて「ねぇ、俺可愛い?」と問えば「うん、清光すっごく可愛いよ!」と言ってくれる。
戦果を挙げて帰ってきた俺が「俺、今日も頑張ったよ!偉いでしょ?」と自慢すれば「お帰り、清光。良く頑張ったね、偉い偉い!」って頭を撫でてくれる。
受けた傷を治療されながら「こんなボロボロになっちゃって、ごめん…でも、俺のこと見捨てないで」と零せば「何言ってるの、清光を見捨てたりするわけないじゃない!」って抱きしめてくれる。
主は優しい。俺を使いこなしてくれる。俺を可愛がってくれる。俺を大事にしてくれる。俺を着飾らせてくれる。俺に幸せという気持ちを与えてくれる。俺の欲しい言葉をくれる。
俺が望むことを、俺が望むままに、主は俺に応えてくれる。
たったひとつを除いて。


「ねぇ、名前。俺のこと、好きになって。俺を見て。俺だけを見て。俺だけに優しくして。俺とずっと一緒に居て。何があっても離れないで。俺を愛して。愛して。愛して。愛して。愛して。俺を。お願いだから。俺を――愛して」

名前の目を真っ直ぐに見つめて、絞り出した掠れ声はきちんと届いてくれただろうか。俺の言葉を聞いた名前は眉をハの字に下げて困ったような顔をした。

「清光どうしたの?私、清光のこと大好きだよ」
「それはちゃんと分かってる。分かってるんだよっ。でも俺はっ、名前に、愛し、て、っ欲しい!」
「ねぇ、清光。落ち着いて、大丈夫だから」

俺の背に回された名前の手が、俺を宥めるように優しく動く。情けなくもしゃくり上げてしまった俺はそれ以上何も言うことが出来ず、ただされるがまま、まるで親に慰められる子供のように暖かな腕の中で嗚咽を漏らすことしかできなかった。

「何か不安なことでもあったの?大丈夫だから、私、清光とずっと一緒に居るよ。大好きだよ」

よしよし、と背を撫でる手が気持ちいい。
俺の涙が名前の肩を濡らしてしまっているけれど、そんなこと気にも止めたりしないんだろう。
ただ只管、俺のことを案じてくれているのがその声音からも触れ合う掌からも伝わってくる。
それが嬉しくて、けれど悲しくて、名前を困らせてしまっているのは分かっているのにどうしても零れる滴を止めることはできなかった。


主は俺の望みをかなえてくれる人。俺の孤独を癒してくれる人。俺のことを好きでいてくれる人。
それでも、一番欲しい言葉だけは、決して与えてくれない人。
主は優しい。だけど残酷な人。