「三日月おじいちゃん」

ぽつり、と口からこぼれた声を拾ったのか。前を歩いていた三日月さんは不思議そうな顔で私を振り返った。

「どうした、主」
「いえ、なんかしっくりくるなあと思って」
「ははあ、成程」

納得したようにはっはっはと笑って、三日月さんが歩調を緩める。
ぼんやりと歩いていたせいで三日月さんと少し開いていた距離はすぐさま縮まり、長身が私の足元に影を落とした。
万屋からの帰り道、購入した絵馬やお守り、それにみんなが喜ぶだろうと買い込んだ甘味の類が入った袋は三日月さんが抱えている。
だというのに私は何一つもたず手ぶらで歩いていて、申し訳なく思って「やっぱり私も持ちますよ」と声をかければ「いくら俺がじじいといってもこれぐらいは朝飯前だ」と言って譲ろうとしない。
少しの心苦しさを覚えつつ、慣れない草履と砂利道に歩くだけでも疲れていることを思えばやはりありがたい。

「まあ確かに、あ奴らに比べれば俺はじじいだからなあ」
「今剣くんだって同じぐらいの年でしょうに」
「ふむ……言われてみればその通りか」

とはいえ、今剣くんの幼い外見や言動からは間違ってもお年寄りという印象は受けないだろう。
それなのに、三日月さんと今剣くんが一緒に碁をしている姿を見ると、なぜおじいちゃんが孫一緒に遊んでいるように見えるんだろうか。
そんなことを考えていたからか、いつのまにかまた三日月さんとの距離が離れていたことに気づいて今度は私が振り返る番だった。
歩みを止めていた三日月さんはなにやら思案顔で、口に手を当てて何事か考え込んでいるように見える。

「三日月さん?」
「うむ…」
「はやくしないと、日が暮れちゃいますよ」

三日月さんの元に歩み寄って、私より頭一つ分高い位置にある顔を見上げた。涼やかな目元が私を見下ろし、なぜか数十秒ほどじっくりと見つめられる。
無言のまま見つめ合うことに居心地の悪さを感じはじめたころ、ようやく三日月さんは何かに合点がいったように数度頷き唐突に口を開いた。

「しかし主よ」
「なんですか?」
「少し考えてみたのだが」
「はい」
「やはり俺は、主にはじじいと呼ばれたくないかもしれんな」
「えっ」

三日月さん本人も自分の事をじじいと呼んでいるし、あまり口の良くない子たちからじじいなどと呼ばれても鷹揚と笑っている姿を何度も目撃していたから、気にしていないのかと思っていたけれど。
やはりお年寄り扱いは嫌だったのか、気分を害してしまったかと慌てる私に、三日月さんは苦笑を漏らす。

「いや、そうではない。別に年寄り扱いが嫌なわけではないのだよ。ただ、主には、それより別の扱いをしてほしくてな」
「…どういう意味ですか?」
「さあ、どういう意味だろう」

悪戯っぽく目を細めた三日月さんの瞳の中で、綺麗な三日月がきらきらと輝いていた。



(愛する人なら、なおさら)