ざわざわとした喧噪が広間の方から聞こえてきて、アルルは読んでいた本から顔をあげた。
自室への日の入り具合から、随分と長い間本を読み耽ってしまっていたことに気づいて、体をほぐすように数度伸びをする。その間にも広間から聞こえるざわつきは収まることはない。
察するに、狩りに出かけた者たちが帰ってきたのだとは思うが、それにしては少々、いや、かなり騒がしい。
何があったのか、確認をしにアルルが立ち上がった時、タイミングよく自室のドアがノックされた。
「入れ」と声をかけると控えめに扉が開かれて、そこから顔を見せた同胞の、心底困り果てたという表情に、アルルはおぼろげながらも事の次第を理解する。

「わかった、すぐ向かおう」

はあ、とため息交じりにそう伝えると、アルルは騒動の中心へと足早に向かった。


「全く、五月蝿いぞオマエたち」

アルルが広間へ足を踏み入れそう怒鳴ると、それまで延々と続いていた口論の声がぴたりと止まる。

「アルルアルルアルルねえ聞いてよギランったら酷いのよ!!」
「っテメ、アルルに告げ口とかズリィだろ!」
「告げ口じゃなくて報告だもん!!」

アルルの姿をみとめた途端、そろってアルルの元に駆け寄ると再び口喧嘩をヒートアップさせ始めた二人を手で制しながら、アルルは「ギラン、名前、今度は一体どうしたんだ」と問う。

「あのね、私が狙ってた獲物をギランのせいで逃がしちゃったの!」
「ハァ!?あれはオレ様のせいじゃなくて、テメエがチンタラしてっからァ、オレ様が手伝ってやろうとしただけだっつーの!」
「結果的に気づかれて逃げられちゃったじゃない!私がずーっと隙を窺ってたのに!!」
「ぐっ…!」

そこは図星だったのか、ギランが一瞬だけ怯む。しかしすぐに体制を立て直すと、口を尖らして反論を始めた。

「けどよォ、隙を窺ってたっつってもそれが上手くいくとは限らねェだろォ。それよりエモノが気づかねェうちにバッと襲った方が良いに決まってんじゃねーか。事実オレ様それで毎回キッチリ成功してっし」
「そ、れは、そうかもしれないけど…でも、私はギランみたいにするんじゃなくて自分のやり方でやった方が上手くいくもの!」
「それはテメエがよわっちいからですゥ!な、アルルもそう思うだろォ?」
「私そんなに弱くないわ!ギランはいつも行き当たりばったりすぎるのよ!アルルだってそう思うでしょ?」

いきなり話の中心に引っ張り込まれ、期待に満ちた眼差しで自分を見上げる二人を前にアルルは少しだけ考えるとそのどちらの問いにも答えなかった。

「そうだな…では、成果はなかったのか?」

どちらの言い分も認めるべきところはあったと思うが、ここでどちらかに同意をすればもう片方が拗ねて面倒になるのは目に見えている。となれば、話題を変えるのが一番と判断した結果であり、その判断は限りなく正しいと言える。
アルルの目論見通り、そう問われた二人は「ううん、そんなことない!今日もいっぱい獲ってきたわ!」「当ったり前だろォ!オレ様が居て収穫ナシとかありえねーし!」と口をそろえた。

「そうか、…よくやった」
「!!」
「うんっ!!」

感謝の言葉を述べると、示し合わせたのかと思うほどに二人の耳が同時にピンと立つ。今まで言い争っていたことなどもう忘れてしまったかのように、笑みを浮かべ上機嫌の二人はアルルにじゃれついてきた。

「ね、ね、アルル、もっと言って!」
「じゃあオレ様ナデナデな!」
「あ、ギランずっるい!私も!!!」

喧嘩は収めることができたものの、先ほどとは違う理由で広間は再び騒がしさに包まれる。
元気と言えば聞こえはいいが、その一言で片づけるには少々賑やかすぎる二匹の狼に囲まれ、狼の王は過ぎ去った静かな時間に思いを馳せるのだった。



(しあわせひとつ)