07


ヤヒロと別れてからどれだけの日が過ぎただろうか――。
ミホークは東の海イーストブルーで自分を越えると豪語する海賊狩りの異名を持つ若い剣士と出会った後、赤髪が寄港しているという無人島に向かった。そして、その島に上陸してみれば噂通りに見知った連中が宴を催している最中だった。

「お! 鷹の目じゃねェか!」
「このような所で宴か赤髪」
「はっはっはっ! 何、誰もいない無人島だからな。気兼ねなく騒げるってもんだ」
「何言ってんだよ、お頭はどこででもバカみてェに騒いでんじゃねェか」
「五月蝿ェぞルウ!!」
「だっはっはっ! 違いねェや!!」
「同調してんなヤソップ!!」
「お頭、全て本当のことだ」
「ベック、お前まで認めるな。おれはなァ……毎日バカみてェに騒いでるだけだ! だから場所など関係無い!!」

どーん!!

胸を張って言うことじゃねェだろ……と周囲から突っ込まれてもシャンクスは機嫌良く笑っていた。
ミホークは赤髪達のやり取りを無表情で受け流しながら赤髪の元に歩み寄った。
酔っ払ってバカ騒ぎをしながらでも、ヤソップ、ルウ、そして、ベン・ベックマンは鷹の目に警戒心を向けているのだから、相変わらず抜け目のない奴らだとミホークは思った。

「赤髪、話がある。できれば二人だけでな」
「珍しいな。ひょっとして決闘か?」

ミホークの言葉に愈々ヤソップやルウを筆頭に他の船員が鷹の目に敵意を向け、ベックマンは葉巻の紫煙を吐きながらミホークに鋭い視線を向けて動向を探る。

「片腕のお前と闘ったところで張り合いも無い。それに、これから話すことはお前にとって聞いておいて損は無いだろう。だが、一応約束もあるんでな。そうそう他人に話せる内容では無い」
「……そうか」
「お頭」
「ベック、おれは鷹の目とその辺で話を聞く。適当に切り上げて船に戻ってろ」
「船長命令か?」
「そうだ」
「……わかった」

シャンクスはミホークと共に仲間から離れて森の中へ入った。暫く歩いて森を抜けた先の海岸に出ると、浜辺に面した岩場に腰を下ろした。一方のミホークはシャンクスの正面辺りに横たわっていた大木に腰を下ろした。

「で、何を聞かしてくれんだ?」
「……」

シャンクスは俄かに覇気を籠めた目をミホークに向けた。
食えない男だ。さて、どこから話すかと、僅かに口角を上げたミホークは静かに口を開いた。
そして――
ヤヒロの話を簡潔に且つ容易にわかるように全てを話し終えた頃、シャンクスは眉間に皺を寄せて目を瞑り難しい表情を浮かべていた。
恐らく副船長辺りがこの場にいれば、シャンクスはさぞ目を輝かせて嬉々とした表情を浮かべたであろう。しかし、鷹の目の想定通りにその反応は逆を示した。

「そのヤヒロって子は、白ひげ海賊団に世話になってんのか?」
「今頃はな」
「何つーか、お前らしくねェなァ鷹の目。本当にその子の話を信じるのか?」
「それは直にヤヒロに会っていない故に出る言葉だ赤髪。直接会えばその気も変わる」
「へェ……、えらく気に入っているみたいな台詞だ」
「みたいではない。実際に気に入っている。ヤヒロは面白い女だ。つまらん他愛の無い話でさえ興味を引いて楽しいとさえ思わせる。不思議な魅力を持った女だ」
「おい、それって、まさか惚れたのか?」
「女として見ている気は無い。一人の人物として興味がある」
「……」
「そういう意味で言うなら、お前がヤヒロに惚れる可能性は万とあるだろうがな」

ミホークは視線を落として少し笑みを浮かべた。
何だ?お前のそんな表情……見たことが無いぞ?と、シャンクスは目を丸くした。

「赤い龍はお前だろう赤髪。今は青い不死鳥の元にいるが気になるなら会い行くと良い」
「お前、わざわざこの話をする為だけにおれを訪ねたのか?」
「それ以外に理由は無い」
「……」

鷹の目を動かす女か。成程な、こりゃあちょっと普通じゃ考えられない話だ。
シャンクスは眉間に手を置いて皺を伸ばすように指でぐりぐりと押さえながら空を見上げた。
その様子を見ていたミホークは思い出すようにポツリと言った。夜になっても星など見えない世界だと言っていたな……ーーと。

「星が見えない世界?」
「この世界の空が綺麗だとも言っていた」

〜〜〜〜〜

空がさ、凄く綺麗だと思って
ーー夜になると満点の星空でさ、あんな夜空は初めて見たよ。
この世界は本当に綺麗だ。

〜〜〜〜〜

「……」
「大航海時代に荒れるこの世界をヤヒロはそう言って笑っていた」
「海賊を……知らねェから言える言葉とは思わないのか?」

訝しむシャンクスにミホークはフッと小さく笑った。

「あれは海賊を蹴散らした女だ。海賊共が恐怖したのは何も赤い龍と青い不死鳥を模した衣服を纏っていたからではない。あれは明らかに ”ヤヒロに畏怖を抱いて” 逃げた。赤い龍と青い不死鳥など逃げた海賊の言い訳にすぎん」
「……」
「それぐらい圧倒的な殺気を持っていた。正直、暇潰しでは無く本気で戦ってみたいとさえ思った程だ」
「おいおい、それは……あー……嘘でも冗談でも無く…か?」
「本気だとヤヒロにも言ったが冗談だと思われて取り合ってもらえなかったがな」

自嘲気味に笑うミホークにシャンクスは益々怪訝な表情を浮かべた。

「何だ?」
「いや……、意外によく笑うのが珍しいと思ってな」
「あァ、ならそれはヤヒロのせいだ」
「何故そう思う?」
「簡単なことだ。つまらん世界に彩りを添え豊かにする。ヤヒロはそれだけ魅力的な人間だということだ」

ミホークの言葉にシャンクスは呆気に取られて驚いた。
ーーお前……、やっぱりそれは惚れているってことじゃあ無いのか?
見たことが無い鷹の目を度々目撃する今回、シャンクスは愈々ヤヒロに興味を抱き始めた。

「白ひげの船を訪ねりゃ会えるんだな?」
「容易ではないかもしれんぞ?」
「何、問題無い。それに白ひげは理解ある男――だろう?」
「そうだな……。白ひげには真相を話しているだろう。あの男に隠し通すことは皆無に近い。それに恐らくだが不死鳥マルコにも真相を聞かしているだろう。ヤヒロの守り役としてな」
「マルコか……。おれの船に乗らねェかなァ〜。いつも勧誘しているんだがな」
「不死鳥は白ひげ以外に忠義は持たんだろう。無駄な足掻きだ」
「ヤヒロを攫えばどうだ?」
「全面戦争だろう。そうなればおれがヤヒロを連れてその場を離れる」
「だっはっはっ! 漁夫の利か!!」
「容易に連れ出せればだがな。あの女は恐らく仲裁に入るだろう」
「何故そう言える?」
「そういう女だ。それに、恐らくお前でも白ひげでさえもあの女には勝てん」
「かァ〜! 世界一の大剣豪にそこまで言わせるか!!」

額に手を当てて笑うシャンクスに、話は終わりだと告げたミホークは腰を上げて立ち上がった。

「お前はこれからどこへ行くんだ?」
「アジトに戻る」
「そうか。ならそう伝えておいてやろう」
「何を誰に伝える気だ?」
「ヤヒロにお前の所在をだ」
「必要無い」
「ってことは無いだろう? 彼女がこの世界に来て最初の理解者はお前だ鷹の目。少なくともヤヒロにとってお前は恩人で心を許せた最初の人間というわけだ。そりゃ何を置いても特別だろう。それが例え男と女という関係でないにしてもだ」
「……好きにしろ」
「あァ、好きにするさ」

酒の残りが少ない酒瓶を傾けてこくりと飲むシャンクスを一瞥してからミホークは踵を返してその場を後にして森へと入った。

「盗み聞きとは感心せんな」
「立場があるんでな。それに、おれの気配を知っていて話をしたのはお前だろう鷹の目」
「……さァな。後は」
「白ひげに向けて船を走らせなきゃならねェだろうな」

銜えている葉巻に火を点けてくつくつと笑うベックマンを一瞥してミホークは去った。

「ベック」
「あァ、わかっている。白ひげはグランドラインの後半、新世界にいるだろう」
「話が早くて助かる」
「あんたのことだから既にお見通しだ。ヤヒロに興味を持ったのだろう?」
「鷹の目が心酔する女ってのが気になってな。お前も興味が無いわけじゃないだろう?」

ベックマンは口角を上げてニヤリと笑みを浮かべた。そして、レッド・フォース号に帰還すると直ぐに出港するように指示を出すのだった。

赤髪シャンクス

〆栞
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