01


「生言ってんじゃねェぞゴラアァッ!!」
「ぐっ……」

後輩に連れられて来た公園には血の気の多い族同士が喧嘩をしている真っ最中だった。

「七代目!」
「その呼び方禁止って何度目だ?」
「あっ……す、すみません」

嘗て所属していた暴走族は、ポリ公に目を付けられる程の大きな集団となっていた。それだけに面白くないと思っている他の族集団に目を付けられることも多く、こうした集団同士の喧嘩が繰り広げられることが頻繁に起こるようになった。
バイト終わりに店を出ると特攻服を来た後輩に呼び止められて、喧嘩の現場に連れて来られたわけなのだが……。
この世界から疾うに卒業した身としては、正直なところ甚だ迷惑以外の何物でも無い。しかし、この気持ちを察するような後輩は誰一人とていないのが現状で。

「そこまでだ」
「あ”ァ”? ッ…! お、お前は!?」
「ポリが来るってよ。さっさと退散した方が身の為だぞ」
「てめェにはもう関係ねェだろうが!」
「後輩に止めてくれって頼まれてね。こいつらにはちゃんとケジメを取っておくから今は身を引け」
「ふざけんじゃ」
「七代目! ポリ公が来た! 逃げよう!」
「――クソが!」

金髪で濃い化粧に紫の特攻服たァ凄い趣味してんだな……と、昔は自分もそれなりに派手な格好をしていたことを棚に上げて彼女達を見送る。そして、怪我をして動けない後輩を背負ってこっちも逃げることにした。

「分相応ってのがあるだろ、アホが」
「すみません……。あいつら、七代目のことをバカにするから」
「私のことなんざ好きに言わせておけば良いって言ったろ? 何度言えばわかんだよ。あと、その呼び方は止めろって言ってんだろ!」
「「「ひぃ!? すみません七代目!!」」」

言った傍から言ってんじゃねェか! どんだけ物覚えが悪過ぎんだ!?
いつまでも頼って来る後輩に怒りの拳骨を与えてその場は解散となった。





相変わらず埃臭ェ。
排気ガスで視界が悪く空の色は濁ってる。
全くもって汚ェし、うっとおしい世界だ。

窓辺で煙草を吸いながら外の景色を眺めるといつも思う。

二階建てのボロアパートの一室に一人暮らし。賃貸料が安く、バイトの掛け持ちだけで何とか生活は成り立っている。
部屋の中にチラリと視線を移せば、クローゼットに掛かるそれは嘗てチームを率いていた頃の自分を思い出させる服がある。
黒地の上に金糸で書かれた『夜叉鬼神』という文字を中心に、赤い龍と青い不死鳥が睨み合うように模された特攻服だ。
昨晩のことをふと思い出した。
背中に模した柄は異なるが、金糸で書かれた夜叉鬼神を背負う特攻服を着た後輩が一方的にやられている姿。

『私的喧嘩はご法度』

自分が率いていた当時の夜叉鬼神では、男女問わずに所属する者達全員にそれを守らせた。世間に嫌われたはみ出し者の暴走族とはいえ、それなりのプライドを持つ為に掲げたものだ。

仲間の為に戦うこと。

どれだけ馬鹿にされようと無闇矢鱈に自ら喧嘩を売るな。だが、もし自分の仲間を馬鹿にされたのなら喧嘩上等だ。

これは、社会に馴染めず弾かれた者同士が『仲間』としての絆を築いて集ったのが夜叉鬼神の始まりだと、先代の頭から聞いていたからこそなの決まりだっのだが――。

今の頭はそれを守るどころか自ら破棄して勢力拡大に勤しんだ結果、夜叉鬼神は連合を率いる巨大な組織へと変わった。喧嘩が常習的に行われて警察沙汰が多くなった反社会的暴力集団と成り果てた。
現在は裏社会だけでは無く、夜叉鬼神という名を聞けば、暴走族とは無縁の一般人でさえも畏怖の対象として認知される様になり、最早自慢の愛車を転がして国道をかっ飛ばすだけの集団では無くなった。

夜半、コンビニの店員としてバイトをしていると見知った男がやって来た。レジで顔を合わせれば、男は溜息交じりに言葉を零した。

「八尋、お前さんが頭だった頃が懐かしいよ。お前が率いていた夜叉鬼神には手を焼かされたが、それでも仁義があった。今みたいに常識を逸脱した馬鹿をするようなことも無かった」
「あんたも相変わらずだな。けど、少し老けたな」
「ストレスが溜まる一方でね」
「もう若くないんだ。無理は禁物だよ山さん」

この男は山本貞繁(通称山さん)という名の刑事で、嘗て色々と世話になったことがある。――と言っても、直接的にどうこうあったわけではないが、不祥事を起こした奴の尻拭いで多少関わったことがあるだけなのだが……。
今も相変わらず暴走族相手に奮闘しているようだ。

「お前から後輩連中に言ってくれ。せめて世間様に波風を立たさず大人しくしろってな」
「既にチームを抜けた私には関わりの無いことだ」
「歴代総長唯一の女総長七代目真嶋 八尋。今となっては伝説か」
「抜けて五年だぞ? まだそんな伝説って言う程の時が経ってねェだろ」
「最速記録は未だに抜かれていないという話は有名だからな」
「……」
「愛車は相変わらずの真紅のフォアか」
「会計が終わったならもう良いだろ? 暇じゃないんだ。やらなきゃならないことが他にもあるんでね」

釣りを手渡して追い返すように手をヒラヒラさせると、山さんは接客が成ってねェぞ不良店員と笑いながら店を出て行った。





深夜三時頃――
コンビニの仕事を終えて家路に就こうと愛車に跨った時、特攻服を着た五人の女達がタイミングを見計らったように目の前に現れた。

「七代目! お願いです! 力を貸してください!」
「沢木がレッドテイルの奴らに連れて行かれちまったんだ!」
「私達だけじゃレッドテイルの奴らに敵わないし……」
「九代目に言ったんですけど、沢木のことを嫌ってるから手を貸してくれなくて……」
「レッドテイルの奴らは今でも七代目には心酔してっから、きっと沢木を解放してくれるはずですから!」

沢木流花――。
七代目として頭を張っていた時、自分に憧れてチームに入って来た後輩で、女伊達らに無鉄砲で短気で喧嘩っ早い問題児だ。
引退を宣言してチームを去る時、彼女だけが最後まで納得してくれなくて喧嘩別れしたきりだ。と言っても、沢木が一方的に怒鳴って去っていっただけなのだが……。

『レッドテイル』とは、古参のレディース暴走族集団だ。
昔から何度かいざこざを起こしたことがある相手ではあるが、夜叉鬼神は男もいる為、表立って喧嘩をするようなことはそう無かった。
今回の様に喧嘩にまで発展するのは、女だけで集った時だけだ。しかし、自分が七代目総長として頭を張っていた時は、何故か喧嘩にまで発展することは一切無くて、平和で友好的な関係であった記憶しか無いのだが……。

「はァ……、いつまで私に頼る気だよ。自分の尻ぐらい自分で拭えないなら辞めちまえって言ってんだろ」

溜息しか出ない。

九代目が手を貸さないのは、沢木を嫌っている以前に男尊女卑の封建主義の気があって、女の族集団を認めていないからだ。嘗て女伊達らに七代目の頭を張っていたことだって認めていないぐらい頭の固い男だ。

「仕方がねェ……。次は無いからな」
「あ、ありがとうございます!」

単車を走らせて自宅に戻ると久方ぶりの特攻服に身を包んだ。こうしてサラシを巻いていると自然と気分が高ぶってくるのが不思議だ。

「格好良い……」
「あァ、お前は初めて見るんだな」

真紅のフォアに跨ってエンジンを吹かしていると、一番年下と思われる若い女が目を輝かせてうっとり見つめて来る。見ない顔だから恐らくチームを抜けた後に入った新人だろう。

「で、どこに連れて行かれたのかわかってんだろうな」
「はい」

後輩の先導で沢木を連れていったレッドテイルが屯している場所に向かった。で、事はあっさりと解決する。

単車のエンジンを爆音で軽快に鳴らせばレッドテイルの連中が慌てて外に出て来た。

「危険ですよ!」

警戒を呼び掛ける後輩を無視して、レッドテイルの集団に目掛けて単独で単車を走らせ突っ込んだ。そして、リーダー格である女のギリ手前で前輪走行でピタリと止まる。それから遅れて後輪をトスンと下ろした。勿論、女はヘナヘナと腰を抜かして尻餅を突いた。

「て、てめェ!」

周りにいるレッドテイルのメンバー達が憤ると、リーダー格の女は「や、止めろ! その人には逆らうんじゃねェ!」と切迫した声を上げた。

「相変わらずお前が頭やってんだな。もう大分いい年だろ?」
「な、七代目……。あんた……、まさか復帰したのか?」
「んなわけないだろ? 後輩に頼まれて沢木を取り戻しに来ただけだ。で、沢木はどこだ?」
「あ、あいつはシメるだけシメてその辺に……」

リーダー格の女の言葉を受けて遠く離れた建物の陰に隠れていた後輩達に伝えると辺りを探し始めた。そうして細い裏路地でボコボコに殴られ気を失っている沢木が見つかった。

「生意気だからシメたんだろうけど、誤解を与えやすい奴だからな。根は悪い奴じゃねェんだ。許せ」
「い、いや、あんたに頭を下げられるなんて恐れ多い! わざわざ七代目が出向いて来るなんて思ってもみなくて!」
「あァ、できればもう『七代目』なんて呼ぶのは止めてくれないか? 一応これでも一般人なんだ。まァ、特攻服を着た奴に言われてもピンと来ねェだろうけど」
「い、いえ、その、懐かしくて……。八尋さんのその姿をまた拝めただけで有難いです」
「はは。今日で本当に最後だ」
「赤い龍と青い不死鳥に真紅のフォア……。やっぱりあなたが最高の頭ですよ」

目に涙を溜めるリーダー格の女の態度や言葉に、レッドテイルのメンバー達は固唾を飲んだ。

「まさか伝説と言われた七代目?」
「本物の七代目真嶋八尋?」
「最速の…七代目……」
「七代目の愛車って本当に真紅のフォアなんだ」
「凄い...伝説の七代目…...本物だ!」

周りから囁く声が聞こえて来る。あまりにも『七代目』と連呼されると流石にげんなりする。

「あァ、本当にもう七代目だとか伝説だとか最速だとか、疾うの昔に捨てた固有名詞で呼ぶのは止めろ」
「「「あなたは正に女の鑑です!」」」
「いや、嬉しくねェし、女の鏡なんて言葉は大きな間違いだ」

この世界で頂点てっぺんを張るのは男が殆どだが、そこに唯一女として君臨したのが私ーー真嶋八尋だ。男女混成チームで名を馳せた夜叉鬼神のトップに女が就くとは、当時では考えられないことだった。
その為、他チームの者達からも一目置く存在とされて、こういったいざこざが生じる度にネームバリューによってあっさりと解決して済んでしまうのだから、有難いと言えるものなのかもしれない。

「七代目、ありがとうございました」
「沢木に言っとけ。二度と私に手間を取らせるなってな。それだけ言えば青褪めて大人しくなる」
「わ、わかりました!」

気を失った沢木を後輩達に託して一人になると、久しぶりにスピードを上げて愛車を走らせた。
走行する車が少ない深夜の国道。
バタバタとはためく特攻服の裾の音を耳にして、懐かしさを噛みしめながら角を曲がれば、同じ黒地の特攻服に身を包んだ連中と出くわした。
集団の中心にいる男の顔を見るなり自然と眉を顰めて顔が歪むのは仕方が無い。
夜叉鬼神九代目総長。
彼の印象はあまり好ましいものでは無かったからだ。

「何だお前? うちの特攻服を着てやがるが見ねェ顔だな」
「真紅のフォア……?」

眉を顰めて疑わし気な目を向ける彼らの顔に見覚えが無い。恐らく引退した後に入って来たのだろう。
何だか久しぶりにガンを飛ばされたなと妙に感慨深く感じたのは、こちらも根っからの不良だからだろう。

「八尋……。そいつは七代目だ」
「な?! こ、この女が!?」

見覚えのある幹部っぽい男の言葉に驚きの声を上げた周囲の取り巻き連中が一斉に目を向けた。しかし、周りの連中などどうでも良い。相変わらず気に喰わないのは九代目のガン付きだ。此方も自ずと鋭い目を向けてしまう。

「その格好は何だ? やっとおれの女になる決心がついたか?」
「相変わらずの自惚れ野郎だな。後輩に頼まれて仕方なくだよ。この格好も今日限りで終いだ。帰ったら捨てる。いつまでも持ってると族のいざこざに未だに引っ張り出されるんでね」
「勿体ねェな。その格好が一番似合ってるってェのに。下手に色気のある服を纏うよりよっぽど色っぽいのになァ」

ニタニタと笑みを浮かべた九代目がゆるりと近寄って来た。そして、躊躇無く胸の谷間に指を突っ込んでサラシを引っ張り中を覗き込む。その行動に取り巻き連中も興奮して囃し立てる声を上げて笑っている。

「下卑たことしてんじゃねェよ」
「くく、男に乳を見られても平気でいられる女なんてそういねェ。男より男だなァ七代目」

こうされても平気だろう?と、今度は胸を鷲掴みすると荒く揉みしだいて取り巻き連中にわざとその様を見せびらかした。男達は更に興奮して近付き始めた。

「なァ、暇してんだ。相手してくれよ。特攻服を着た女を集団強姦プレイってな興奮するぜ? それも伝説の七代目総長真嶋八尋が相手なら尚更だ」
「そんなに私が七代目になったのが気に喰わないか?」
「女なんざ男に組み敷かれてアンアン啼いて善がってりゃあ良いんだよ」
「……」

笑う九代目と取り巻き連中が取り囲む。その内の一人が単車の後部座席に跨った。

「気安く乗るな」
「あん?」

ガシッ!

「ぐあ!?」
「九代目の玉ァ潰されたくねェなら今直ぐに降りろ。でなけりゃマジでぶっ潰す!!」

胸を堪能していた九代目の急所を鷲掴みにして力を込めた。

「ぐああああっ! お、降りろ!!」

後部座席に跨った男は慌てて降りたが掴む手を緩めること無く九代目を睨み付ける。

「どういう躾けしてやがんのか知らねェが、まさかチームの女に手ェ出してんじゃねェだろうな?」
「うがァァっ! は、離せ!!」

完全に涙目となった九代目にフンッと鼻を鳴らして手を離してやると、九代目は急所を押さえながら前屈みになって地面に膝を突いた。息が荒く肩が上下に揺れている。

「嫌がる女を手籠めにして泣かしてんなら――」
「はァッ…はァッ…、じ、自分から善がって啼く女が殆どだ! それに、あんたはもうチームを抜けたんだから関係無ェだろ!?」
「まァ、そうだな。九代目、その痛みは私の胸を気安く触ったのと、てめェの部下が私の愛車に気安く跨ったことに対する対価だと思え」
「くっ!」
「死にたくねェなら前を開けろ」
「「「ッ…!」」」

鋭く冷酷な眼光を向けると前方を塞いでいた取り巻き連中は言葉を飲み込んで道を開けた。

「九代目、良い気になれんのも今だけだ。その内に新しい芽が出てくりゃあ下剋上なんて当たり前だ。お前のように取り巻き以外の連中を見捨てるような頭なんてのは直ぐに首が飛ぶ。覚えおけ」

真紅のフォアの爆音を鳴らしてその場を後にした。

本当に胸糞悪い。
人が懐かしい気持ちに浸ってたというのに……ふざけんじゃねェ。

不機嫌のまま単車を走らせた。
そして――

「!?」

角を曲がった時、エンジン音も光も無い黒い車が逆走して正面衝突した。激しくぶつかって勢い良く吹っ飛ばされる。視界がぐるりと回って歪みが生じた時、愛車である真紅のフォアがへしゃげる音だけが耳にはっきり届いて、世界は暗転した。

七代目総長

〆栞
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