楽しい時間が長ければ長いほどお別れの瞬間というものはどうしようもなく切なくて、心にぽっかりと穴が開いたような、そんな気持ちになる。
どうやらそれは彼にとっても同じらしく、昨日まで見せてくれていた眩し過ぎるほどの笑顔はもう無くて、今はただベッドに沈み込んで、荷物を纏める俺を後ろから無言で眺めていた。
「帰るのか…明日」
「あぁ」
ポツリと呟かれたその言葉には芯が無かった。荷造りの手を止めてマークを見ると、案の定その瞳には涙がうっすらと浮かんでいて。
それが酷く俺の胸を打った。
「マーク…」
そっとマークを引き寄せて胸に抱き留める。ふわふわで柔らかいマークの髪が顔に当たって、少しくすぐったかった。
「フィディオ…」
「ちょっと黙って」
また明日…なんて言えたらどんなに良いか
抱きしめる前に見た、マークの今にも泣きそうな表情を思い出して切なくなった。
いっそ泣いてくれたら
「俺とサッカー、どっちが大事なんだよ!?」なんて泣きつかれたら、明日のイタリア行きの飛行機のチケットなんて破り捨てて、駆け落ちでも夜逃げでも何でもしてしまうのに。
…マークがそんな女々しいこと…人を困らせるような台詞を言う人間じゃないって分かってる。
「メールも電話もするから」
「うん」
「また…会いにくるから」
「…うん」
その約束のしるしに…と啄むようなバードキスを一つ。
するとマークはふふ、と小さく笑って
「フィディオ、余裕無い顔してる」
「…誰のせいだと思ってるんだ…」
「俺のせいだよ、ごめんな?」
悪戯に成功した子どもみたいな笑顔でマークは、「今度は俺がイタリアまでフィディオに会いに行くよ」と言った。
「一人で来れるの?」
「馬鹿にするな。飛行機くらい一人で乗れる」
それは楽しみだな、と俺はまたマークにキスをした。