猪名寺乱太郎は、困惑していた。

目の前で起きた突然の出来事に、彼の頭は追い付くことが出来なかったのだ。
それは、彼の目の前にいる俺のせいであり、また、他でもない彼自身のせいでも、ある。
事の発端は、いや、この言葉は些か正しくないかもしれない。
突き詰めれば遥か昔に、今の自分達の一つ前の自分達――俗に言う、前世の自分達。
その誕生にまで、至ってしまうだろう。
今でいう戦国時代という時世を、自分達は確かに生きていた。
表に出ることを赦されない暗がりの存在ではあったが、自分達は確かに、生きていたのだ。
そしてその時代に産み落とされた生命を燃やし尽くし、所謂六道輪廻というものを経て、再び現世に生を受けた。
何の因果か稀と騒がれる、生まれるよりも前の記憶を抱いて。
恐らく何かやり遺したことがあるのだろう、俺と彼の間に、前世に置き去りにされたまま止まっている何かが。
何かといっても大体の想像はつく、俺も彼もまだ、お互いに伝えるべきだったはずの言葉を伝えていないのだ。
それが五百年近い時を経て、現代へ持ち越された。
助け舟を出してくれる相手も正解を問う相手もいないためこれは俺あるいは彼が死なない限り予想の範疇を出ることは出来ないけれど(言っていないから持ち越したというのならば今のまま再び死ねば、そういうことだ)、きっと間違いない。
だから俺は探した。
猪名寺乱太郎という存在を、俺の握る鍵のもう半分を手にしている人間を。
俺は探して、そして見付けた。

ところが。
彼には肝心なものが、欠けていた。

「覚えて、いないんだな」

「君は、…さっきの話が、本当だと言うの?」

怪訝そうに瞳を揺らした彼には、俺と同じものはなかったのだ。
現世では初めて会っておいて突然前世がどうのと口火を切ったのは今思えば悪かったが、しかし、だ。
何故俺は総てを覚えていて、彼は一切を失っているのだろうか。
いや、本来は覚えていないのが普通であることぐらい承知はしている。
だが無性に腹立たしく思えて仕方がないのだ。

どうしておまえは覚えていないのかと。
おまえにとって俺とのことは、一度生を終えれば次に持ち越す必要はないその程度のものだったのかと。

酷く我儘な怒りではあるけれど。
こうなってくると総てが憎らしくなってしまう、彼のことも昔の彼とのことも、そして何より長い時を越えて纏わり付いてきた、記憶のことが。
途端に忌忌しいだけのものになってしまう。
俺が覚えていなければこんな思いはしなくて済んだのにと。
心臓を握られているかのように息苦しいこの空間も、経験せずに済んだはずなのに、と。

それでも。

それでも人間の本能とは正直なもので。
いくら憎らしいと思っても別の、最も奥の大事なところで、愛しさが増幅していくのだ。
逢いたかったと、焦がれていたと。
今でも呆れるほど想いは何も変わっていない、俺はおまえが、すきで仕方がないのだと。
こんな状態では、伝えることは出来ないけれど。

「しぶき、くん?だったっけ」

「…ああ」

「私は君が言う昔を知らない。初めましてのはずの君が私のことを知っていた理由がその、前世のせいだということも、信じられない」

「…そう、か」

「ごめんね。でも、…でも、君を見てると何か、懐かしい気持ちになるんだ。それに、前世の話は信じられないけど、嫌いじゃないんだ。だからね、――」

そう言って柔らかく笑った彼は本当に、綺麗だった。
昔と変わりない、笑顔だった。

ああ、ああ。

俺達の想いは、きっと、まだ見えないところで繋がって。
ならば終わりはずっと先で待っていてくれる、これから昔伝えられずにそのままだったものが通い合うまで。
そこに辿り着いた時俺は、俺達は。
分かち合えなかった感情を、今度こそ。



(拝啓、愛しい君へ)
(どうかもう一度、共に恋に落ちてください。)






――だからね、私は君とともだちになってみたいんだ。君と一緒にいたら、私は幸せな気がするから。


fin.
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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