『まだ、言っていないのですか。』
きっと彼は何気なく、本当にふと思い出しただけだったのだろうが、その一言は私の中に沈んでいた重い鉛を目覚めさせ、久々に暗がりへと私の心を追い遣った。
後ろめたい、今の私の気持ちを表すならばその言葉だけで充分だろう。
もっと深くまでもと言うのなら憤りと、苦悶と、恐怖と。
まだ言っていないのかなどと、簡単に言ってくれるものだ。言えるものならとうに言っている、言わないのではなくて言えないから、未だに私は臆病なままなのではないか。
そう、行き場を失くした言葉が向ける相手を間違えて私の中で脈を打つ。
ああ、何てみっともない。
かたく握り締めていた手を開くと、小さな鈴がちりん、と掌で弱弱しく転がった。
これだけはあの日と変わらずに声を放つ。
私とあの子は、同じではいられなかったというのに。
もしも、もしもの話だがこの鈴も私たちと同じように変わっていたら、私はここまで重いものを沈めたまま生きずに済んだだろうか。
私は、逃げられたのだろうか。
あの子の手を、あの子が一人で立てるようになるまで、ただ単純にその成長を楽しみながら握っていられただろうか。
これから先も私の方から離したりはしない、しないけれど。
あの子の方は?
私が仇だと知ってしまったら、私は突き放されてしまうのではないだろうか。
おまえなんかいらないと言われて私もあの子もまた、独りになるのでは、ないだろうか。
「……なんて、結局自分のためか、…私は」
離されるのが怖いだなどと、無理矢理あの子の手を本来在るべき場所から引き離しておいて。
そして一方的な罪意識で、あの子の手をこちらに繋げておきながら。
我ながら随分と手前勝手な話だ、初めから私は全部自分のためではないか。
あの時私が直接手をかけたわけではないけれど詰めれば辿り着く先は私が保身のためにやった行為で、今だって、自分が独りになりたくないから。
齢も二十の半ばに来てこうも子供だとは(全く、惨め過ぎて嘲笑ってしまう)。
それでも、いくら自己嫌悪しようとも。
「離されたく、ないんだよなあ」
いっしょにいくと、鈴を鳴らして握ってくれた、小さなあの手に。
(死ぬわけではないけれど、私には死ぬよりも恐ろしいことだ)
fin.
´<●>・<●>`
若き日の土井先生が参加した戦がきりちゃんを独りにしたやつだったらっていう妄想から。
土井先生は真面目だから自分のせいでって思っちゃってきりちゃんを引き取ったんだっていう妄想。
個人的に昔の土井先生は荒んでる方が好きです。
自分は独りだって、本当は怖いくせに独りでいいんだって思ってる時に同じく独りになっちゃったきりちゃんに会ってどんどん柔らかくなって今の状態になっていくっていう…全く妄想もいいとこですね
鈴は小さいきりちゃんが持ってたものってことで
これの続きじゃないけど、実はきりちゃんは土井先生が隠してること全部知ってると尚いいと思う。
聞いてほしくなさそうだから聞かない、聞いたってどうしようもないし何だかんだ今が幸せだからいいやって、ある意味で達観してるきりちゃんどうよ。
あんなにドケチでお金貯めてんのも半分以上は土井先生のためだったらいいなあとかね。
あ、最初の「言ってないんですか」はりっきー辺りでいいと思います
後書き長い