彼はにつこりと微笑いました。
その笑顔に見据えられた私は蛇と蛙の蛙のやうになったのでございます。
其時は理解しては居りませんでしたが、私は本能で感知したのでありませう、彼の笑顔は死んで居るのです。
どろりと重たく歪んだ瞳は、何も、目の前の私でさえも映しては居らぬのです。
私は初めて彼を恐ろしいと感じたのでございます、彼は私を見て、確かに微笑いますのに。
彼の瞳を見た途端に、私のその自信のやうなものはがらゞゝと音を立てて崩壊を致しました、彼は一体私を通り越して、何処を見て微笑つているのだらうかと、或は最早何も見ぬ儘に、微笑つているのだらうかと。
それは私には何だかとても、恐ろしく感じられたのでございます。
私の顔は引き攣り彼を見ていたのでありませう、彼は私に、怖いかと問いました。
彼には私の考えることなどは筒抜けだつたのでございます、彼は私の返事などはまるで期待してはいなかつたやうでありまして、そのまま言葉を続けました。
気付くのが遅いと、彼は私を罵りました。
確かに私は悠長すぎたのやも知れませぬ、彼とはずつと、共にいた筈なのでありますが。
今この時まで私は一度として気付きもせず、気付こうともせず、疑おうとさえも、したことはございませんでした。
にたあと彼は口を歪め歪め、ばかだねと、私に告げました。
漸く、ようやつと私は疑い、気付こうとし、そして気付いたのでございます。

彼が初めから私を、私だけではなく彼といふ人間以外総てのものを、映してはいないと。

彼は、死んで居るのでございます。
心の臓は脈を刻み、管を流れる液体に滞りは無いと申しましても、そのやうなことではないのです。
そうではなくつまり彼は、鶴町伏木蔵といふ人間は、生き乍にして、死に居るのでございます。
なんと、恐ろしい人間でありませうか。

私はたじろぎました。

たじろいだ私の傍を彼は静かに流れるやうに通過し、もう一度、あの目で笑いました。
確かに、笑つていたと思います。何せ私には彼の最期の顔を、見ることは叶わなかつたのでございます。
何故ならば彼は、熔けるやうに、消えたのでございます故。



(しかし生きて死んでいた彼の紅が、同じやうに温かいことだけは、確かでございました。)



fin.
壊れた鶴町さんと壊れた乱ちゃん。
鶴町さんは乱ちゃんが自分をわかってるようでわかってなかったことが面白くて寂しくて、乱ちゃんは自分がわかってるようでわかってなかった鶴町さんが怖くて寂しかったっていう
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