前に何かの雑誌で読んだ。
「男は一度恋愛対象として見れなかった女を恋愛対象に見るには、よほどのキッカケがない限りありえない」って。


「あっつー…」


小さい時からあたしとブン太はまるで兄妹のように育ってきた。


十数年とゆう長い期間を幼なじみとして生きてきたからには今更、あたしのこの恋が叶うとは到底思えない。


アイツの中で"幼なじみ"のそれ以上でも以下でもないあたしを、ブン太に恋愛対象として見てもらうそのキッカケってやつを教えてくれる雑誌なんてどこにも存在しない。


今年の節電ムードにあやかって我が家もエアコンは自粛。
夜になって幾分気温が下がったとはいえやっぱりこの暑さは不快なもので、あたしはソファーに腰掛けながらボーッとしていた。


「扇風機で我慢!」


あたしのぼやきを聞いたお母さんがそう言ってきて思わず眉を寄せたとき、携帯が突然着信を知らせた。
画面を確認すれば『ブン太』の文字が表示されていてあたしは通話ボタンを押した。


「はい、何ー?」

『花子、お前いい加減そろそろ俺の漫画返せ!』

「漫画?」

『ワン○ースだよワン○ース!』

「ああっワン○ース!そういや借りっぱだったねごめんごめん。明日返すわ。」

『ダメ。今すぐうち来い。』

「何で」

『今読みてぇから』

「やだ。今動きたくない、読みたいならブン太が取りに来て。」

『やだじゃねぇよ、お前借りてる身だろぃっ!…今うちエアコンつけてるけど来ねぇの?』

「わかった今行くわ。」


ブン太の言葉にアッサリ同意して通話をすぐに終了。
「ちょっとブン太んとこ行ってくる」とお隣の丸井家に行くためにリビングを出ようとしたらお母さんが声をかけてきた。


「やだアンタ、そんな格好で行くの?」

「そんな格好?」


お母さんに言われて自分を見れば暑いからキャミにショーパン。至って普通だ。


「せめてTシャツ着ていきなさい、いくらブン太相手だからって女の子がそんな薄着で行かないのっ。」

「え〜何を今更?いいよ暑いしこれで行く。」


お母さんにそう返事をしてリビングを出て、自分の部屋から借りていたワン○ースが入ってる紙袋を持ってあたしは玄関を出た。



***



「おじゃま〜…あれ?」

「おー来た来た。」

「ブン太1人?みんなは?」

「今日昼間っからじいちゃんち行ってていねぇんだわ。俺部活あったし留守番。」

「そうなんだ。」


玄関に出迎えに来たブン太もTシャツに半ズボンで部屋着のままだ。
あたしの部屋着姿を見たってブン太は無反応で、紙袋を受け取って「サンキュー。」とだけ返した。


「ほら、上がってけよ。リビング涼しいぜ?」

「上がる上がる!超上がる!」


ブン太に言われて靴を脱いで上がらせてもらった。


(お母さんが気にするようなことなんか何もないよ、ブン太が今更あたしのこと意識するわけないし。)


部屋着でブン太に会っただけで何か進展があるなら、とっくにそうなってる。


「涼しい〜!幸せ!天国!」


リビングに入ると途端に体を包む心地よい冷気にあたしは思わず頬を緩めた。


「よくこんなクソ暑いのにお前んちクーラーつけてねぇよな。熱中症なんぞ。」

「それお母さんに言ってやってよー。節電は大事だけど夜はそこまで気にしなくていいのに…。」

「まぁどんまいだな!」


ブン太はソファーに座って、ガサガサと紙袋から漫画を取り出すとすぐ読み始めた。本当に今読みたかったんだな。


「ねー、その巻のさ、ここのシーン超笑えない?あたし爆笑したんだけど!」

「確かに!つーかやばいよな今の展開、めっちゃ気になって仕方ねぇ。」

「お陰さまですっかりハマッちゃったよ…。」

「花子も買えば?」

「巻数多すぎてきつい!だからブン太に借りる。」

「…ったく、金取るぞ金。」

「ケチな男はモテないよ。」

「お前よりモテるし。」

「うっざ!」


ブン太の隣に座って漫画を覗き込む。
肩が当たってもブン太はこちらを見る素振りもなく漫画のコマを目で追っている。
少しだけ香るグリーンアップルの香りにあたしの心臓はトクントクンと鼓動を速めているけど、気付かれないようにそのまま漫画に視線を戻した。

これだけ近付いたってブン太は眉ひとつ動かさない。
今更意識してもらえるわけないし。
あたしだけがブン太にドキドキして、平然を装うのに必死で、今だって漫画の内容なんか頭に入ってない。



ブン太があたしを恋愛対象として見てくれるキッカケって、なに?




「…ブン太」

「ん?」

「……冷蔵庫開けていい?お腹空いた。」

「いいけど、パルムだけは食うなよ?ラスト1個俺のだからな!」

「はいはい」




完全に幼なじみの特権。
ブン太はうちに来たら勝手に冷蔵庫を開けるけど、あたしはちゃんと断りを入れるだけ偉いと思う。(そうでもない?)

なんだかこのままだとテンションが下がりそうだったからお腹に何か入れよう。完全にブン太みたいな考え方だけど気にしない。


(パルムってこのアイスか…美味しいよねこれ。)


食べたらブン太怒るかな。怒るよね。でもあたしもこれ食べたい!!

チラッとブン太を見れば完全に漫画に集中している。

誘惑に負けて冷凍庫からアイスを出して封を開けてしまった。
(絶対怒るよなぁ)なんて思いながら口に運ぶと広がる甘さにほころんでしまう。

怒られるの覚悟でブン太の隣に再び腰を下ろすと、ブン太はチラッとあたしを見てからぎょっとその大きな瞳を更に大きくした。


「おい!お前それ俺の!!」

「ラスト1個頂きました〜」

「ふざけんなっ!食うなっつったろぃ!?」

「また買えばいいじゃーん、あたしもこれ食べたかったし。」

「お前なぁっ俺がどんだけそれ楽しみに取っといたと思ってんだよ!ちょ、寄越せ!」

「わっ!?やだやだやだ!」


ガシッとあたしの手首を掴んで引っ張り、そのままアイスを食べようとするブン太にあたしはジタバタと抵抗する。

…コイツこんなに力強かったっけ!?最後の一口なのに…!

ぐぬぬぬ、とお互い歯を食いしばりながら最後の一口のアイスを賭けた攻防をソファーの上で繰り広げているあたしたちはアホすぎる。


「放せバカブン太!痛いんだけどぉっ!」

「お前が は な せ !」

「絶対やだ!――あっ!!」

「えっ?」


あまりにもブン太が本気だから、不意にブン太の背後に視線を移してわざと驚いた顔をするとブン太はくるっと後ろを振り向く。

その隙にあたしはパクッと最後の一口を食べてしまった。
眉間にシワを寄せてこちらに向き直ったブン太と至近距離で視線が交わる。


「……。」

「……。」

「……ご、ごちそうさま。」

「…やりやがったな…?」


テヘ、と笑って見せたけどブン太は笑ってない、…やばい。

さすがにふざけすぎたか、と思ってそっとブン太から離れようとしたら、ブン太があたしの手首を掴む力をまた強めた。


(…え…)


空気が急にピンと張りつめて沈黙に心臓がうるさくなっていく。





「…、ちょ!?」





思わず固まっていたらそのまま強く肩を押されてボフッと背中からソファーに倒れ込んだ。

ブン太はあたしに跨がるようにして上から見下ろしてくる。
視界には天井とブン太の顔があって突然のことにあたしは声を大きくしてしまった。


「っ、何すんの!?」

「……お前さ、ホント何もわかってねぇよな。」

「えっ?な、にが…?」

「俺の気持ちだよ。」

「アイスのことならごめんって!ちょっとふざけすぎただけじゃん!それなら今から買ってくるからどいて…

「そっちの話じゃねぇっつのバカ」

「バッ…!?」


バカって何だバカって!アイスじゃなかったら何…、そもそもあたし何でブン太に押し倒されてんの!?……ん?

押し倒、され、てる…?

そこまで考えてカアアアッと一気に身体中を熱が駆け抜けた。
何がどうなってこうなってしまったのか理解出来ないけど、あたしは今ブン太に押し倒されている。
そしてブン太はあたしに怒ってる、それだけが現状で唯一理解できること。


「ブ、ン太…?」

「全然わかってねぇよ俺の気持ち。そんな格好じゃこうゆうことされても文句言えねぇんだからな、わかってる?」

「――っ」


(う、そ?)


ブン太の脚があたしの脚の間に割り込む。
少し切なげに瞳を揺らし、ブン太はあたしにもっと顔を近づけた。
ソファーがギシリ、と音を立てる。





「…俺のこと何だと思ってんの?花子は俺のこと男として見てなくてもな、俺はお前のこと女として意識してんだよ。してないフリしてんのにこうやって無防備に近付かれたら、…さすがにキツイ。」

「……っ」

「もうこんな格好でうちに来んな。次それで来たら俺何するかわかんねぇし。」

「……」

「…つーかもう、アレか。俺の気持ちバレたし幼なじみじゃいられねぇよな。」

「…ブン太…」


(嘘だ…ブン太が…、ブン太が、あたしのこと…?)




ブン太は小さく苦笑してあたしの上からそっとどいた。
起き上がって呆然とするあたしを見つめてブン太はいつになく真剣な顔つきで言葉を紡ぐ。





「この際だから言っとく。俺ホントはずっと花子が好きだった。幼なじみとして見たことなんか1回もねぇよ。」

「…」

「ずっと隠しとくつもりだったけどやっぱもう無理だ。お前が俺のこと、

「っ、ブン太だって…!ブン太だってあたしの気持ち全然わかってない!」

「……、」





気付いたらそう口にしていた。
心臓がうるさくて、全身が熱くて、頭の中がまだ整理がつかない。
ただそれでも今言わなきゃいけない、そう思った。
緊張で震える手をぎゅっと握りしめてあたしを見つめるブン太を見つめ返せば、ずっと伝えたかった言葉が溢れ出した。





「あたしも、ホントはずっとブン太が好きだったんだよ。ずっと、ずっとずっと、ずーっと!」

「……、」

「でもブン太があたしのこと今更意識してくれるわけないって、好きになってくれないって思ってたから…!」

「…」

「ブン太だってあたしの気持ち全然気づいてくれなかったじゃん…っ」

「…ああ、ごめんな」





思わず勢いで気持ちを口にしたあたしをブン太は暫く目を丸くして見ていたけど、一瞬目を伏せてからまたあたしを見たその顔は口元の緩みを抑えられないみたいだった。


「わ、笑わないでよ…!」

「花子、お前顔真っ赤だぜ?」

「ブン太だって赤いし!」

「俺は髪が赤いだけだろぃ?」

「顔も赤…って、ちょ、近い…!」

「ん?気のせいじゃね?」

「〜〜っ」


ブン太は意地悪く笑いながら再びあたしとの距離を詰める。
ソファーがまたギシリと沈んで、それと一緒にあたしの心臓は驚くほど鼓動を速めていく。

両思いだとわかった瞬間にブン太の中から遠慮が一切消えたのがあたしにも目に見えて、これから何をされるのか嫌でもわかる。

ブン太の手が髪に触れて肩が小さく跳ねた。
無駄な悪あがきだとは思いつつブン太から顔を背けた。


「花子、こっち見ろって」

「…っ無理、恥ずかしい…!」

「これからもっと恥ずかしいことすんのに?」

「!?なに言って…!」

「ジョーダン、でもこんくらいいいだろぃ?」

「――っ」


そう言って笑ったブン太の顔が一気に近づいて、心臓が爆発しそうになる中咄嗟にぎゅうっと瞼を閉じた。


(キスされる…っ)





「「兄ちゃんただいまーっ!」」





玄関を開ける音と同時に響いたその声に、あたし達は光の速さで体を離した。


(お約束、ですよね〜…!)


バタバタと入ってきたちびっこ2人を見て、あたしとブン太のため息が重なった。


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