朝、学校について自分の下駄箱から上履きを取り出す。 靴を履き替えてそのまま行こうとしたあたしの肩をポンポン、と誰かが叩いてきて驚いてくるっと顔を振り向けると。 ――ぷにっ 「……」 「おはよーさん、花子。」 「…おはよ、仁王。」 あたしの頬に添えられた人差し指。 視線の先にいたのは、口角を上げている仁王だった。 「何回やっても引っ掛かるのぅ、花子は。」 「うん、仁王もしつこいよね。」 「まぁな。何回やってもアレの反応が面白くて敵わんぜよ。」 「え?」 仁王がそう言って自分の後ろを指差したと同時、すごい目をした人と目が合った。 「……。」 「…お、はよ、ブン太。」 「ブンちゃんおはよーさん。」 「仁王テメーいい加減ブッ殺す。」 そこにいたのはピキッと青筋を立ててこちらを睨むブン太。 ブン太はそう呟いて指の関節をポキポキ鳴らしながら仁王に近付いてくるから、あたしは思わず仁王の前に身を乗り出した。 早まるなブン太!!! 15歳で人を殺めちゃいかん!!! 「わー!!ダメダメそれはダメッブン太!!」 「っ、何でいっつも仁王を構うんだよ花子!」 「構うも何もそんな形相で殴りかかろうとしてたら止めるわ!!」 「お前仁王が好きなのか!!?」 「何でそうなんの!?」 「そうぜよ、俺と花子はラブラブじゃき。」 「殺す。」 「ちょ、仁王アンタ何バカなこと…ってわああああっ落ち着けブン太あああっ!!」 ドスの効いたその声に必死にあたしは声を荒げてこちらに近付くブン太を止める。 ここのところ仁王が同じ手口であたしをからかう度に行われているこの行事に、横を歩いていくクラスメイトは笑いながらスルーして行ってしまうのが正直辛い。 今日は本当にブン太が仁王を殴っちゃうかもと思うとあたしもスルーは出来なくて、毎朝大変な思いをしてる。 ブン太はとんでもなくヤキモチ焼きだ。 正面から来るブン太を制止しようと突き出していた両手。 ブン太は仁王に殴りかかるのをやめて、そのままあたしの左手首を掴んでグイッと思いっきり引っ張ってきた。 「えっ」 「お前ちょっとこっち来い。仁王テメェ次また花子になんかしたらマジでぶん殴るからな!」 「おー、怖いのぅうちの妙技師は。」 「うっせ!行くぞっ」 「え、ちょっ、教室行かなきゃ…!」 ぐいぐいとあたしを引っ張ってブン太は3-Bの教室とは違う方向に歩き出す。 あたしの抵抗を無視して歩いていくと、人影ない廊下に連れ込まれ途中にある空き教室のドアをブン太は開け放った。 「え、なにすんのっ!?」 「いーから入んの。」 「ちょっ…!」 さっきからあたし、まともに発言出来てなくないですか。 口を開きかければまたブン太に無理矢理引っ張られ、空き教室の中に足を踏み入れる。 ピシャンッとドアが音を立ててしまると、ブン太はあたしの手首を放す代わりに急に近付いてきて咄嗟に後ずさった。 背中が壁にぶつかる。 逃げ場を奪うようにブン太はあたしの顔の横に両手をついて、至近距離で顔を見つめてきた。 途端にバクバクと暴れだす心臓。 近い距離とこの状況に顔が熱くなってきた。 「なあ、俺はお前の何?」 「………か、彼氏です。」 「だろぃ?じゃあお前は俺の何?」 「………彼女、です、ね。」 「よくわかってんじゃん。じゃあ何で俺が怒ってるかもわかるよな?」 「わかる、けどあたし悪くないよ!仁王がいっつも勝手にやってくるから…、――っ!?」 口元は笑ってるのに目が笑ってないブン太に、こちらも口元は笑顔を浮かべて目で必死に訴えると不意にブン太の顔が一気に距離をつめてきてびっくりして目を瞑った。 そして熱くなった頬に、ブン太の柔らかい唇が触れる感覚。 顔に当たるブン太のふわふわした髪の毛がくすぐったい。 頬にキスをされたと理解してそっと目を開ければブン太があたしの目を見て言った。 「消毒。」 「…、な、なにそれっ…。」 「花子が他の男に触られるとマジむかつく。特に仁王。」 「…ホント、ヤキモチ焼きだよね。」 「お前が好きなんだからしょーがねぇだろぃ。彼氏としてスルー出来ねぇし。99.9%アイツが悪いけど花子も仁王には気を付けろよ?」 「は、はい…。」 「よしっ。」 ブン太は優しく目を細めてあたしの頭をくしゃくしゃと撫でる。 付き合う前に「告白は苦手」とか言ってたブン太はどこへ行ったのやら、付き合った途端にブン太は気持ちの表現がすごくハッキリして時々心臓が持たないんじゃないかとすら思う。 頻繁ではないけど、好きって言うしヤキモチは焼くし強引だし…。 でもあたしはあたしで嫉妬されたり強引なのは嫌いじゃない、らしい。もちろんブン太限定で。 何だかんだ釣り合いが取れてるのかな、なんて。 (前に友達にこう話したらバカップルだと言われた。そんなことはないと思う。) あたしの手を引いて空き教室を後にするブン太を見ながらさっきのキスを思い出して、唇が触れた部分からまたじわじわ熱が広がる気がした。 *** 「あ、いたいたブン太。…あれ?仁王もいるじゃん。」 普段のお昼はお弁当と購買のブン太が、今日は珍しく学食で食べると言うからあたしは少し遅れてその赤い髪を探して見つけるとその向かい側に銀髪も見つけた。 「ブン太、仁王。」 「おー、花子。遅かったじゃん、それ何?」 「しょうが焼き定食。てか何、アンタたち一緒に食べてたの?」 「ちげーよ、たまたま同じになって場所がここしか空いてなかったんだよ。」 「ブンちゃん今朝から俺に怒りっぱなしじゃ、どーにかしてくれんかの花子。」 「ブンちゃんって言うな!」 「どーしようもないね。てか座っていい?えーっと…」 ブン太の隣と仁王の隣を見比べて、どう見ても仁王の隣のイスが空いているので隣に行こうとしたらブン太にガシッと腕を掴まれた。 「ぎゃっ!ちょっと危ないじゃん!」 「何そっち座ろうとしてんだよ、お前はこっちだろぃ!」 「だって仁王の隣空いてるじゃんっ。」 「じゃあイスこっち持ってきて座れ、仁王の隣なんか座らせるか!」 「わかったわかった、こっち座るからとりあえず詰めて。」 おぼんを一旦テーブルに置いて仁王の横にあるイスをブン太の隣に持ってきて、あたしは腰を降ろした。 ブン太がさっきから仁王を怒った犬みたいに威嚇しまくってるのが気になるけど、お腹も空いたしご飯を食べるのが先決ってことであたしは「いただきます」と手を合わせた。 そしてふと仁王の前に置かれた不似合いなそれに気が付いた。 「あれ、仁王がプリン食べるなんて珍しいね。」 「ん?ああ、これ?」 「いいなぁ、美味しそー。」 「花子も食うか?」 「え、いいの!?」 仁王はペリペリ、と蓋をはがして口角を上げる。 やっぱり仁王にプリンは似合わない、あたしの横に座ってるプリンが似合うこの人はもう食べたんだろうか。 そんなことを一瞬考えたら、横で見ていたブン太が仁王を指差して声を大きくした。 「おい仁王!俺にも食わせろぃ!そもそもそのプリン俺が買うはずだったのにお前が買うから…!」 「(あ、やっぱそうゆうことか、だから余計仁王を睨んでたのね…)」 「早いもん勝ちじゃろ?ブンちゃんにはやらん。」 「なんでだよ!どんだけ嫌がらせすりゃあ気が済むんだ!」 「嫌がらせ?買えなかったからって言いがかりはよくないぜよ。」 なぁ?と仁王はスプーンで一口プリンを口に運んであたしを見た。 (いや、間違いなく嫌がらせだろ)と思ったけどそう言ったら言ったでブン太が「だろぃ!?」とかうるさそうだから、テキトーに笑って誤魔化す。 仁王がプリンを食べてしまった。 これでもし本当にあたしがプリンを食べたら…絶対ブン太は怒る。違う意味で絶対怒る。 心の中であたしは仁王からプリンはもらわないと決めた。 「マジうぜー!くっそ、もう見ねぇ絶対見ねぇ!勝手に食ってろぃ!」 「まぁまぁ、また明日買えばいいじゃん。」 「………そーだけど。」 「花子」 「え?」 ――パクッ… 「……」 「……」 「美味いじゃろ?」 膨れているブン太をなだめていたら不意に仁王に名前を呼ばれ顔を向ければ、口元に差し出されたプリンの乗ったスプーンが。 思わず…ついうっかり反射的にあたしは口を開けてそれを食べてしまった。 口内に甘さが広がってハッと口元に手を当てた。 ブン太が、目を丸くしてあたしを見る。 「間接キス、ぜよ。すまんのぅブンちゃん。」 「ちょ、余計なこと言うなー!!」 仁王の余計な一言でドッと冷や汗が噴き出した。 隣にいるブン太を横目でチラッと見れば今朝のあの表情を彷彿させる目と視線がぶつかった。 (超怒ってらっしゃるー!) どうしようどうしようと焦っていたら、プリンの味なんてすぐわからなくなってしまった。 思わず目を逸らすと、ブン太があたしを呼んだ。 「花子、こっち向け。」 「な、に…――っ!?」 いきなり両頬に手添えられてそのままグイッと顔を引き寄せられる。 びっくりして目を見開いたのと、唇に柔らかいそれが重なったのはほぼ同時。 視界が真っ赤に染まって瞬きすら忘れていると小さく、ちゅ、と音を立てて唇が離された。 周りにいた人たちがざわっと一気にどよめいて、あたしの体温はみるみるうちに温度を上げた。 「ちょっ、ブン太…!?」 「消毒。仁王お前ふざけんなっ、花子に何してんだよ!」 何してんだってアンタこそ何した今…! キスをされたのは勘違いじゃないらしい、顔が熱くて熱くて溶けてしまいそうだ。 周りの視線が痛い。 「てか、場所…!人もいるのに何考えてんの!?」 「なに?じゃあ場所変えたらいいわけ?…てか、甘いな唇。プリン食えなかったし場所変えてもっとするってのはどう?」 「…、しない!もうほら皆見てるよ、超恥ずかしい!」 「今一瞬迷ったべ?素直じゃねーなー花子は。」 「アンタは自分の気持ちに素直すぎなんだよっ!」 本当にブン太といると心臓がいくつあっても足りない。 ヤキモチやきにも程がある! …でもブン太の言う通り一瞬、いいかなとか迷ったあたしも大概バカだとは思うけど。 必死なあたしと特に悪びれた様子もないブン太のやり取りを見ていた仁王が 「……バカップル」 なんて呟いていたのを、2人の世界に入り込んでたあたしたちは知らない。 とある日のふたり ----- WE ラブン太 プロジェクト 日和さんへ捧げます! strobe Yui |