たった一言、されど一言。
他の人間にはいつもの調子で言えるのに、好きな子相手にはこんなにも口にするのに勇気がいるなんて俺は知らなかった。


「………俺は女子か。」

「何じゃ、ずいぶんおセンチじゃのぅ。」

「おセンチ言うな。」


机にだらしなく肘をつきながら、俺は紙パックのオレンジジュースのストローをくわえた。

そんな俺を見下ろしながら仁王は小さく口角を上げる。仁王が笑っている理由は紛れもなく俺が原因で、コイツは内心俺をバカにしてるんだろう。


「…山田ってそんなにええか?」

「おまっ、聞こえたらどうすんだよ!」

「おお、すまんすまん。」

「ったく…つーか余計なお世話!山田の良さは俺だけがわかってりゃいいんだっつの!」

「へぇへぇ、さよか。普段は強気なくせに惚れた女には弱気なんじゃなブンちゃんは。」

「ブンちゃん言うな!」


くつくつと喉を鳴らすように笑う仁王を見て俺はフンッと鼻息を荒くして顔を逸らした。
…ら、視線の先にいた山田と目が合って思わずドキッと心臓が跳ね上がる。山田は小さく笑って自然に目を逸らした。


山田はクラスでもあんまり目立つ方ではなくて、どちらかというと大人しいタイプ。
どこにでもいるような普通の女子。
それとは対照的に俺は、自分で言うのもアレだが学校でも目立っている自覚はあるし性格も決して大人しくはない。

そんな俺が山田みたいなタイプの女子を好きなことが仁王にとっては面白くて仕方がないらしく、いつもからかわれる。(そもそもコイツに言った記憶がねぇのに何でバレてんだ)

仁王はもちろん、他の野郎はわかってない。
山田がどれだけ可愛いのか。
他の寄ってくるうるさくてケバいだけの女子とは違う、何か透明感?があるんだよな山田は。
そんなことに気付いていいのは俺だけだけど。
目立たないけどそれなりに可愛い見た目だし何より笑顔がやばい。超可愛い。大人しいけど無口なわけじゃなくて、話すと面白いとこもあるし一緒にいると楽しい奴だし。
もちろん、山田のこんな一面を知ってていいのも俺だけ。

山田は他の女子とは違う、普段は強気な俺が好きな女子相手だと中々行動にも移せないなんておかしな話だ。


「よくわからんぜよ、特にお前みたいなヤツが山田を好きなんてな。真逆なのが面白くて敵わん。」

「面白がってんな!てか仁王お前山田のこと見すぎ。やめろぃ。」

「別に減るもんじゃなかろ。」

「何かお前が見てると減る気がする!俺だけが見ていいんだよ山田のことは。」

「偉そうに。彼氏でもないくせになぁ?」

「〜〜!見てろよ…!」


飲み終わった紙パックをぐしゃっと握りつぶして俺は椅子から勢いよく立ち上がった。
そしてゴミ箱に紙パックを捨てたついでを装って山田の座っている席のそばまで行く。
山田は真面目な顔をして読書をしていて、俺が近付いても気付かない。


「山田。」

「!?あ、丸井くん…、びっくりしたぁ。」

「わりぃわりぃ。」


名前を呼ぶと驚いて顔を上げた山田と目が合った。
山田は一瞬キョトンとしてから少し笑って俺を見上げながら続けた。


「なに?どうかした?」

「…いや、あのさ…」

「ん?」


小首を傾げるその仕草に頬がじんわりと熱を帯びる。本当にこんなの、俺らしくない。
意を決して俺はずっと聞きたかったことを口にした。


「明日、何の日か知ってる?」

「へ?明日?」

「おう、4月20日。」

「えっと………、あれ、だよね?丸井くんの誕生…

「そう!!!何だ知ってんじゃん山田!」


嬉しくて思わず声を大きくしてしまった。心の中でガッツポーズをする。


「うん、知ってるよ?だって周りが騒いでるし…。」

「マジか!でさっ、俺…

「あ、いたいた丸井!お前提出物出してないだろう、早く出しなさい!もう締め切るぞ!」

「うわっ、やべー忘れてた!」


山田との話を遮って数学の担任が教室の前のドアから俺を呼ぶ。

くそっ、タイミング最悪だな!

心の中で悪態をつきながら山田に「ちょっと待って」と告げて慌てて自分の席に戻り数学の課題を引っ張り出すと、振り向いた先にはもう既に数学の担任の姿はなく。


「あれ!?どこ行った!?」

「行っちゃったよ。『職員室まで持ってこい』って言っとけって言われたんだけど…。」

「んだよ待っててくれてもいいだろぃ!」


山田は「早く行かなきゃ締め切られちゃうよ〜」と少し困ったよう笑う。
休み時間ももう終わるし、このまま持ってかなかったら多分…いや絶対数学の成績がやばい。笑えない。

走って教室を飛び出そうとして、俺はもう一度山田を見た。





「ケーキ!!」

「え?」

「俺、ケーキ好きなんだよ!明日食いたい!」

「え、え??」

「そうゆうことだからシクヨロ!」





勢いでそれだけ言って戸惑う山田には構わず俺は急いで数学の担任を追いかけた。

走っている俺の心臓はドキドキと鼓動を速めているけど、それは決して走っているせいではなくて山田に精一杯言いたかったことを言ったからだ。
いざとなるとあんな風にしか言えなかったけど。


(頼む…!山田がケーキくれますように!)


山田に「おめでとう」なんて言われたらマジで俺、そのまま告白も出来そうな気がする。



***



誕生日当日は朝から学校に着けば女子に囲まれてプレゼントやおめでとうのラッシュ。
クラスでも友達みんなに祝福されて俺はにこやかに「サンキュー!」と返事をする。
これは毎年のこと。

だけど今年の誕生日は、それにプラスで山田からの「おめでとう」を期待してる。自分でも贅沢だとは思うが。

朝から山田が気になって気になって仕方なくて心なしかソワソワしているけど、授業が始まっても昼休みを過ぎてもケーキどころか山田からおめでとうの一言もなくて。

あれ、やべぇ、まさか………そう思ってるうちにあっという間に放課後になってしまった。
それに比例してあっという間に持参した紙袋5つがプレゼントで溢れ返った。


「何じゃ、結局山田から何ももらってないんか。」

「うっせーな、まだ部活があるだろぃ。」

「おー怖い怖い。まぁそう落ち込みなさんなって。」

「絶対くれる、山田は絶対ケーキくれるね俺に。」

「どっからくるんじゃその自信は。」


紙袋をガサガサ音を立てながら俺は仁王と部活に向かう。

自信なんてない、あんな言い方じゃ伝わってない可能性が高いしそもそも山田が俺をお祝いしなきゃいけない義理なんてないんだしな。
でもやっぱり好きな子からおめでとうって言われてしかもケーキまでもらえたら、そう考え出したら止まらない。


でも今日…会話どころか山田と目も合ってない。


ああ、これはやばい気がする。このまま終わるんじゃねぇか今日1日。


思わずハァ、とため息をつくと仁王が隣でまた笑うから腹が立ってケツに一発膝蹴りを入れといた。






「あれー?丸井先輩元気ないッスね今日。誕生日なのになんかあったんスか?」

「…何もねぇからこうなってんだろぃ…。」

「?よくわかんねぇけど、あれッスね。センチメートルな感じッスか。」

「…。センチメンタルだろこのバカ。お前もういいからあっち行け。」

「ちぇーっ人がせっかく心配してあげてんのに!」

「心配なんかしてねぇだろぃっ。」


部活が始まってもやっぱり山田の姿はどこにもなくて、フェンスの向こうにいる女子達を見渡すだけ無駄だと思い知る。

部活に身が入らない俺に赤也は「あ、バレちゃいました?」とニヤニヤしながら言ってきて、本当にどいつもこいつもそんなに人をからかうのが楽しいのかとイライラする。

得意のボレーもいまいち切れが悪いし、俺の気分は下がる一方だった。



部活が終わって制服に着替えて部室を後にする。
紙袋を引っ提げてスタスタ歩いていく俺の後ろから仁王と赤也とジャッカルの3人がついてきていた。
後ろから「丸井せんぱーい、マジで今日マック行かねぇんスか?」と赤也の声が聞こえたが「さっきパスって言ったろぃ!」と素っ気なく返した。
今日はもうそんな気分じゃない、珍しいと言われようが思ったより山田から何もなかったことがショックだった俺は、一刻も早く帰りたかった。


(あーマジでショックだ!くそ、こうなったら家でもらった菓子全部自棄食…い………?)


視線の先には正門と、あまりにも見覚えがある後ろ姿。
思わず眉間に寄せていたシワがほぐれていく。夕陽で照らされるその後ろ姿が誰なのかすぐ理解して俺は目を丸くした。


「…山田っ?」


思いの外響いた声はその後ろ姿の女子に届き、パッとその子は振り返る。


「あ、丸井くんっ。」

「え…な、にやってんの?」


山田だ。
山田が何でこんな時間に?


「丸井くんのこと待ってたんだ、ごめんね。」

「俺?何で……ってか山田、ちょっとこっち!」

「え、わっ!?」


山田と向き合ったところで俺はハッと後ろから来てるあいつらの存在を思い出して咄嗟に山田の手を引いて、正門から離れてすぐ近くの角を曲がった。


「ど、どうしたの?」

「いや、アイツらに見られたらめんどくせぇから…つーか山田、俺のこと待ってたって…。」

「あ、うん、そうなんだけど…」


そう呟いて山田は目線をキョロキョロとさせる。
ふと、俺が掴んでいた手とは逆の手に持たれている紙袋に気が付いて思わずドキッと心臓が跳ねた。

少しの沈黙。
俺の鼓動は次第に速くなっていく。





「これ!ケーキ!」

「…!」

「ほ、本当は渡したくても丸井くんは他にプレゼントくれる女の子なんていっぱいいるし、あたしなんかが渡したら迷惑かなって思ってたんだけど…。」

「……」

「昨日、丸井くんに言われて、あげてもいいのかなって思っちゃって…。どうしようか昨日家帰ってから悩んじゃって結局作れなかったから、材料だけ用意してさっきまで料理部の友達に調理室借りて作ってて……ってごめん、こんな話聞いてないよね!」

「……」

「とにかくっ、お誕生日おめでとう!よ、よかったら受け取ってもらえたら嬉しい、な。」

「……。」

「丸井くん…?」



やばい。
とにかくそれしか浮かばない。

山田の頬が紅いのはきっと夕陽のせいだけじゃない。じわりじわりと、俺の頬にも熱が広がって、心臓がありえないくらい騒いで、言葉がすぐに出てくれない。

何も言わない俺にケーキを差し出したまま少し不安げにするその表情を見て、気付いたら口にしていた。





「……好き。」

「…え…?」

「俺、山田が好き。すっげぇ好き。」

「…は、…え?え?」

「…ホントはずっと山田が好きだった。いきなりごめんな。…けど、なんか、もう黙ってんのしんどい。」

「……、」

「本気だから。」

「……。」





今度は山田が黙り込んでしまう番で呆然と俺を見つめるその瞳が小さく揺れた。

口から心臓が出るって、このことか。正直こうやって向き合って立っているだけで精一杯。


「……あ、たし…」

「え…?」

「…あたしも、ホントは、ずっと言いたかったんだけど…っ」

「……」


紙袋を持つその手が小さく震えている。

意を決したように俺を見つめ返す山田の唇が夢みたいな言葉を紡いだ。





「…あたしも、丸井くんがずっとずっと好きでした。」





ずっとずっと、2回繰り返されたそれに絶対俺の方が先に山田に惚れたに決まってると思った。


紙袋を持っているその手ごと掴んで、体を引き寄せて。
ぎゅっとその体を抱きしめたら、山田が小さな声で「お誕生日、本当におめでとう」と呟いた。





「…マジで今日、今までで最高の誕生日かも。」





そう言ったら山田がすごく嬉しそうに笑うからつられて俺も笑った。


センチメンタル・バースデー


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WE ラブン太 プロジェクト
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strobe Yui


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