君のベクトル僕侵攻
『佐藤くんってさ、やっぱり轟さんのこと考えながら自慰してたりするの?』
何もかもの最初から言われた言葉を、俺は今でも覚えてる。ああそうだよ、図星に決まってんだろ。好きな女想い浮かべて触れて何が悪い。別に責めようとして言った言葉じゃないんだろうが、妙に背徳的に思えちまうんだよ、ほんと。誰がどう見たって叶わないのは歴然だし、俺もそれに納得してる。あ、それがいけないのか。
だが何故だか最近は自慰に没頭する時に口にする名前が違うんだ。女みてぇに変な声出るし、前だけでは何か寂しい。おかしいだろ。おかしい、よな。
「ん、そうま…ッそ、あ」
出てくるのは同僚の名前だし、でも気持ち的には何の不快もない。意識して口にしてるもんでもないのは判ってるから、俺は相馬に揺らいで、犯されたくて呼んでんだろうな。
そう考えると妙に納得して、俺は相馬を呼び続けながら逝く。でも寂しい、寂しい寂しい淋しい。もっともっとと、何かを求めてしまうのだ。
「こんな真夜中にキッチンの電気が点いているかと思えば…」
トン、とテーブルに手をつく音。耳についた声にびくりとして振り返る。そこには相馬博臣が、いつもと変わらない穏やかな目つきで微笑んだまま立っていた。下半身を露出した俺を見ても動じないその目。ぞくぞくする。俺は変態か。
「相、馬…」
「なに佐藤くん。欲しいの?」
「…ん」
欲しいの?と問われただけで、その真意が判る間柄にはもう目を瞑りたい。だけど欲しい。寂しい理由は知ってんだ。
口寂しい、それだけ。
「いいよ、僕は佐藤くんが好きだから、なんだってしてあげる。でもだからと言って、僕だけの一方通行はつまらないよね」
引き寄せて、キスをして、それからなんだ。それからなんだ?
俺の腰を掴む相馬の指が、いやらしくもなまめかしい。
「ねぇ、僕が逝くまで、付き合ってね」
ああそうか。いつの間にかベクトルが、お前に向いていた。
(100520)