情勢呼合


「顔真っ赤だよ、佐藤君」

耳元でちょっと囁くと、佐藤君は面白いくらいに反応を見せる。耳打ちをすればすぐさま退いたものの、僕がそう言えば押さえていた手は耳から口に向かう。可愛いくらいの表情を眺めながら、やっぱり僕は佐藤君が好きなんだと再認識していた。そうやって僕の一言一言に過剰なくらい反応を見せる君が愛しくて、手に入れられる今日をずっと待っていたんだ。

「…うるせ。赤くなんてなってねぇよ」
「そうかな?でもやっぱり、俺に惚れてるっていうのは本当だったの?」
「おま……!」
「はは、冗談だよ。だってご褒美をあげるって言った時の佐藤君、すごいエロい顔してたしね」

我ながら判るほどに、にやりと笑いながら口にすると、また更に顔を紅潮させる君が可愛くて仕方ない。そして誰の気配もしないことを背中越しに感じては、ほんの一瞬のキスをする。半ば放心状態の君は怒ることも忘れて僕を見ていた。

「はい、ご褒美。これあげるから許してね」

そう言って手渡したのは、以前、佐藤君の為に買ってきた飴玉。心が落ち着く作用よりも落ち着かない飴かもしれないけど、君は舐めてくれるかな。いっそ捨ててしまったりして。でも結局僕のペースからは逃れられないんだ。
キスをして、飴玉をあげてからすぐにキッチンを離れていく。きっと今頃彼はその場に座り込んで、それこそ熱が出るくらい真っ赤になっているんだろう。本当のご褒美は帰ったらいくらでもあげないとね。
どんなに好きでも、寧ろ好きであるほど人の心情を掻き回すのは面白い。いつの間にか上機嫌のまま僕は再び席についていた。暫くすると、そこへ料理を持った一人の従業員が僕のところにやって来る。

「ハンバーグエビフライセットお待たせしました!相馬さん」

それは脈絡もなく現れた山田さんだった。

「ああ、山田さんありがとう。今日シフト入ってたんだね。どう?仕事はちゃんとやってる?」
「してるじゃないですか!山田、今日はとても頑張っています!それで今日は、相馬さんに訊きたいことがありまして」
「うん。なんだろう?」

置かれた料理を前に一本多いエビフライをひとかじり。何か言いたいことがあるなら仕事の時にでもいいのにと思う一方で、今だからこそ言う言葉なのだということは判っていた。山田さんは単純そうで、そうじゃない。僕の裏をかく子だとは思ってる。それでもさして気にせずに訊ねれば、彼女の一言はまた僕の予想を上回った。

「佐藤さんに何させてるんですか?」

思わず食していた口内さえ、その行為を止める。ほんの数秒の後に、僕は口の中を処理して手にとっていたフォークを置いた。一瞬崩れてしまった笑顔を再び彼女へと向けながら、その彼女は笑わない。
ああ、全く佐藤君は。早くもバレちゃ意味ないじゃないか。

「誰かに言った?」
「いいえ」
「じゃあ今度、納豆たくさん買ってきてあげるね」
「いらないです」

説得の為の好物を引き合いに出しても、山田さんは揺るがなかった。真っすぐに逸らすことなく僕を見つめ、さすがにその様子には怪訝にもなる。

「……なら、何が欲しいの?」

訝しみながら訊くと、彼女は先程までと一変して、嬉しそうに声を上げて申し出るのだ。

「相馬さんをください!」

まるで結婚する相手の両親から承諾をもらうような言葉を、僕は何処か客観的に聞いていた。その名前は自分自身だというのに、今の僕にはそれが当て嵌まらない。僕は誰に言われても頷くつもりもないし、どちらかと言えば彼をもらいたいくらいだ。だからこそ、答えは明確だと言うのに彼女は引かなかった。

「それはちょっと出来ない相談かな」
「だったら言い触らしますよ」
「じゃあなんで俺が欲しいの。いつもみたいなお兄ちゃんって意味じゃなさそうだね」

そして彼女は一呼吸置いてから答えを出す。それこそつい最近。いや、ほんの一時間前に聞いたような、その台詞を。

「もう相馬さんは一度聞いた言葉かもしれませんが、山田は少し違います。……それでも佐藤さんになんか、相馬さんは渡しません」

あの時、小鳥遊君から聞いた言葉と全く同じであることを、気付くのに時間はかからなかった。一度斜め下へと目線を下げ、自らの携帯に指が触れる。何故電話で彼が言ったはずの言葉を彼女が知っているのか、それには答えが二つ。偶然電話を聞いてしまったか、もしくは小鳥遊君から聞いていたか。後者だったなら、互いに利害の一致というわけだ。

「やま」
「相馬さん」

何か言おうとした声を遮られ、名前を呼んだかと思えば、後ろ手を組む山田さん。彼女の理由はなんとなく判る。だが小鳥遊君はどうして佐藤君を?
初めて起こる判らないことに、僕はさっきまで言おうとしていた何かを飲み込み、忘れてしまっていた。
そして、彼女は言う。

「山田と、遊んでくれますか?」

(111215)

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