泣き声と衝動と本当のそれ


引かれた腕に悪い気はしなかった。ベッドに投げつけられるまでは。
相馬の放った携帯を傍らに、俺は狭いベッドの上で相馬から逃げる。迫るように近づくこいつの目は妙にぎらついていて、恐れのようなものが危険信号として俺の脳内を駆け巡ったからだ。だがあっという間に壁際まで押し付けられ、もう後退ることも出来ない。相馬の指先が、俺の前髪をくしけずって、双眸を覗かせる。

「佐藤君、俺のこと好きなんでしょ?」
「あ、ああ…」
「なら俺が何をしても抵抗しないよね」
「何って、んう…!」

抵抗しなきゃならないようなことをするのかと訊きたいのに、それを言わせる時間もくれやしない。唐突に浴びせられるようなキスの雨が、口に限らず降って来る。きっとこいつは信じてないんだ。俺の好きも、嘘も。
視界に入ったのは目の前に落ちる相馬の携帯。小鳥遊からを告げる着信、バイブレーション。それから漸く思い出したのは、今自分がバイトを抜け出して此処に来ているということ。時間は判らないが、このままじゃいられないことは明白だ。

「相馬、俺にはバイトが…!」
「相馬じゃないよ、潤君」

まだ、そんなものを此処で要求するのか。こいつは。

「博臣、やめ」
「やめろって言うの」

ささやかな抵抗として弱く突き出した俺の手も虚しく、制止の意味合いも込めて握りしめて、真っ直ぐ俺を見る相馬博臣の目。逸らしたいのに逸らせない。じっと見つめ続ける、子供みたいに一途な目。

「じゃあ、好きも嘘?」

そうやって言いながら、そんな泣きそうな顔すんな。やっと判ってお前に伝えられたそれを、嘘なんて容易い言葉に置き変えんな。お前の気持ちを判ってやれないわけじゃないんだ。ずっとお前は俺を好きだって言って、でも俺は八千代が好きなはずなんだって意固地になって。罪悪感は感じてる。ならお前の言うことは受け入れるべきなのか。それこそ全部、全部。それは少し、違うんじゃないか。
何も言えない俺を無視して、下半身にまで指を滑らし服の中に入れられた手。押し迫るキスから感じたそれは確かに反応し、性器は熱を帯びていた。

「ん、んっ」

抵抗はそれ以上したらいけないような気にさせられて、為すがままに擦りつけられる快感。俺はもう恥ずかしさと一緒に手で口を押さえるので精一杯だ。先程まで止まっていたバイブレーションが再び鳴り響き、小鳥遊の名前が視界に入る。まるで小鳥遊に見られているようで、余計に感じた。

「博臣、いく」
「潤君にはこっち」

迫り上げるような気持ち良さの果て。促されていく射精を感じ、俺は相馬に訴えたのだが、生憎それは叶えてもらえなかった。先走りに濡れた奴の手がするりと別の場所を行き交い、辿り着いた穴の中へと指が侵入していく。まるで慣らすようにぐにぐにと挿入されたまま、形が判るまでの快感を俺は追うことも出来なかった。

「ああっ、あ、あ…っ!」

触れられないまま達したことに気付いていながら、相馬は指の動きを止めない。いつの間にか尻を突き出すような格好に恥ずかしさは募るばかりだったが、もうそれも考える暇さえない。ひたすら枕を握りしめて、真っ白になった頭がぐるぐる回っている。

「んあ、あああっ」
「あーもう涎すごいよ」

相馬の言葉を聞いても、口から溢れるそれを飲むことも出来ない。息もままならない状況に、出るのは淫らな喘ぎばかりだ。
すると突然指を引き抜かれ、俺はぐったりとしたままベッドに落ちた。息を整えながらもう終わるのかと期待して、久しぶりのことに身体が追い付いていないことを知る。その時、相馬がいつもとは違う笑い方をしたことを俺は知らない。次の瞬間、埋め込むように突き入れられたのは振動の強いバイブレータ。

「ひ、あぁああんあっ!」

声を抑えることも出来ず、今日二度目の射精。はふはふと呼吸であってそうじゃないような息をしながら、胎内の振動に堪えるしかない。見上げた相馬の顔は笑っていた。
なあ、俺はそんなお前も受け入れるべきなのか?

「それでバイトに行ってね、佐藤君」

仕事の口調に変わって、俺はお前の本気を知る。正気なのかは結局判らない。それでも上手く回らない頭で、受け入れるしかないことは判っていた。俺は必死に頷いた。顔が笑っていても、笑わない相馬の目を見つめながら。
ただキスを一つねだるしか。

(111013)

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