きみがわるい


それは金曜日のバイト中。休憩を取れと店長に言われたので来てみれば、そこには既に先客がいた。いつものように愛想のいい笑い方をして相向かいに座る。俺が彼に気付かれないようににやりと笑ったのは、この重なりついでに何か知れればと思ったからだ。
時刻は夕方から夜にかけて。店が混み合う時間の少し前。客の入りがよかったら、すぐに呼び出されてしまうような時間帯。だからこそ俺は早め早めにと口を開こうとしたのだが、生憎それは叶わなかった。珍しく口で負けたその相手は、小さいものがとにかく好きな小鳥遊君。

「今日は相馬さんにも知らない話をしましょうか?」

彼から唐突に切り出された話題には、これまた珍しく思わず拍子抜けをしてしまって、すぐには答えが言えなかった。俺が知ってる小鳥遊君は小さいもの好きというそれさえなければ性格上は常識人だし、そんな言葉を浴びせられるとは夢にも思わなかったんだ。何より、そう言った瞬間の小鳥遊君の顔は、先程の俺の笑い方とそっくりだったから。

「ふーん。僕の知らないことを小鳥遊君が知ってるなんて、そっちの方が興味あるな」
「チーフと佐藤さんが付き合い始めたそうです」

だが、ただの好奇心的な驚きは一瞬にして動揺に変わる。ひと瞬いた時間の中で、バイト中であることを忘れるくらいには。

「え?」
「この間飲みに行っていた日、佐藤さんが告白したそうなんですよ」

それはまだ俺でさえ掴めていない情報になる。二人が飲みに行った日から、まだ佐藤君にも会っていないんだから当然だ。今日は何時に佐藤君は来るのだろうか。変な混乱でざわつく頭。結局、告白なんて彼はしないものだと思っていた。結局何も出来ずに終わって、だから俺はそこに付け入ろうと。
告白したからと言って、その結果はまだ知らないというのに、俺にはもう望みがないように思えた。小鳥遊君の笑った顔がそう言う。佐藤君と轟さんが付き合い始めたのだと。

「よかったですね」

半ば呆然としていれば、普段と何ら変わりない人の良さそうな顔をする。よかった、何がよかったのか。彼は恐らく俺を知っていながら、判ってそう口にしているのだ。

「よかった…?」
「ええ。だって相馬さん、ずっと佐藤さんとチーフのこと気にかけていたじゃないですか」
「ああ……」
「これで、もう心配ないですね」

今になって思うなら、此処から既に意図は始まっていたのかもしれない。それでもそれが事実なら、俺はもう自分を突き動かすことも出来ない。そのまま休憩を終え、立ち去っていく小鳥遊君の後で、バイトの時間になった佐藤君が俺一人が立ち尽くす店へとやって来るのだ。
そして時間は翌日へと戻る。佐藤君が俺の家に走って来てまで、俺を好きだと言う。確かに昨日はキスをしても許された。事実と嘘が折り重なる中で、俺は何を信じればいい。このまま彼の想いを真っ直ぐ受け止めることは簡単だった。けれどそれが出来ないのは、あまりに経ち過ぎた時間と仕打ちだろうか。キスもセックスも重ねてしまった後で、未だに好きか嫌いかを躊躇う。俺も彼も酷く馬鹿だ。
かかってきた電話をとったのは俺の方だった。佐藤君を無視して携帯を取り、その相手も確かめない。判っていたんだ、本当は。このタイミングで電話をする、一人のことを。

「相馬さん」
「俺はお前が好きなんだよ!」

携帯に当てた耳と当ててはいない耳とが同時に二つの声を聞く。必死な佐藤君を抱き寄せることは簡単で、けれどそれでもそうしなかったのは、このベッドの上で君を酷く犯してしまいそうだったから。
いまさら、きみがわるい。

「それでも貴方には佐藤さんを渡さない」

小鳥遊君の声が異様に響く。意味が判らないまま電話を切り、俺は無理矢理にも佐藤君の腕を引いた。

(111007)

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