第三者示唆


いつの間にか行かなくなった相馬の家も、今は何もかもが懐かしかった。無我夢中で走り出したまま、辿り着いた目の前で我に返り、俺の動きはぴたりと止まる。アパートの一室の扉を引こうと、差し出した手までもが虚しく止まる。これを開けた先で自分が何をしようとしているのかは判っていた。もうそれを拒む理由もなければ妨げるものもなく、俺は素直になるしかないのだろう。
深呼吸をすると妙に落ち着いた。今度は躊躇わずに扉を開けた。

「相馬!」

ノックもインターホンもせず勝手に名前を呼んで、勝手に上がり込んで、部屋にはベッドに座って携帯を弄っていた相馬博臣。俺の姿があることを予想してはいなかったのか、目を真ん丸くさせながら吃驚していた。

「あれ、どうしたの佐藤君。今日、バイトでしょ?僕はバイトないんだけど。もしかして団体客でも入って人手足りない?ならすぐ行くけど、それなら電話でも」
「違う!」

並べ立てられる当たり前のような言葉を一気に蹴散らして、相馬の前に立つ。相変わらずな丸い目を必死に逸らさないようにしながら、覚悟はしていた。四年間の片思いを自ら壊すことだ。
本当は意地を張って、突然現れた奴に掻っ攫われていくのが嫌だった。俺が積み上げてきたものを全て否定されたようだったから。それでも叶う叶わないに関わらず、片想いを続けた八千代に背中を押されては引き返すわけにはいかない。好きだとは判っていても言えなかった。けれど今なら言えるはず。

「俺は、相馬が」
「また罰ゲーム?」

だがそれまで。そして空気は変わる。先程までの丸い目が一変し、睨むように細められた眼差しは俺を見ていた。そんな顔すんなと何度も思っても声に出ない。相馬の冷めた口調が更にその視線を鋭くする。
違う、と即答できなかった自分が憎い。

「いい加減にしてよ」

手にしていた携帯を閉じては、いつもより幾分か低い声が響く。相馬が俺しか見ないことに、いつの間にか甘えていたのに、この目だけは慣れそうもない。思わず肩が震えた。
そうして淡々と口にされる言葉は、珍しく身に覚えがないことだった。

「もううんざりだ。僕ばかり君が好きなんて。知ってるんだよ、轟さんと付き合い始めたこと。佐藤君はいつもそうやって、僕にだけ酷いよね」

相馬の言っている意味が判らず、俺はただ戸惑うしかなかった。覚悟の邪魔をされては困ると、弁解と謝罪に必死になる。

「なんだよそれ、八千代とは付き合ってない。それにあの時、電話を取らなかったのは謝る。それでも出ることは嘘なのか本当なのか判らなくて躊躇って、俺は」
「電話ってなに」

だがそれがまた、この恋路の行方を変えさせる。意味が判らないのか、見るからにクエスチョンマークでも出しそうな顔をしながら、更に首を傾げて再度開口された。

「僕は佐藤君に、電話なんてかけてないよ」

それは俺もまた同じことだった。あの日、確かに相馬から電話があったのだから無理もなく。謝罪を捨て、弁解に走るしかない。

「轟と飲みに行った日だ。お前から着信があった。履歴も残ってる」
「その日は佐藤君の代わりにバイトがあったんだから、電話なんてかけられないに決まってるじゃないか」

此処に来て、漸く現れた第三者に俺も相馬も予想ができなかった。相馬の答えは正しい。休憩中ならばできなくはないが、あの時間帯は店が忙しい時間なのだから、キッチンに俺がいないなら尚更離れることは出来ない。
俺はただ呆然と初めのこいつのように目を丸くした。一体どういうことなのか判らず、結局は辿り着かない答え。本当は相馬だけがある解答を導き出すが、俺は当然のように知ることはない。ただそのあるがままを率直に述べるしか出来ないのだ。

「じゃあ」

あれは、誰だ。

(110826)

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