その一言が叶うまであと何百年掛かるか賭けようか


土曜日の朝。今日は土日分の仕込みがあるので早く来る。と言っても俺一人でやるわけじゃないから、ホールの奴らも同じ時間に来ている。所詮、その程度の時間だってことだ。今日、相馬は休みだった。昨日の今日だったので会いたくはなかったから、このシフトの組みに感謝する。因みにシフトに感謝しているのであって、断じて店長に感謝しているのではない。
結局、昨日のことだが、相馬はあれからおとなしく帰って行った。俺はあいつが好きだと判っても言うわけにはいかなかった。そんな何年かの付き合いで掻っ攫れるなんてされてたまるか。それ自体が最早意地だったんだろう。

「佐藤君、どうしたの?」
「あ、いや。なんでもない」
「そう」

ぼうっとシフト表を眺めていたら、唐突に八千代にそう訊かれてハッとする。今日の開店からいるホール担当は八千代と小鳥遊だった。小鳥遊はまだ来ていないようで、それを確認してから再び仕事に向かおうとする彼女を引き止める。

「八千代、今度どこ行きたい?」
「どこって?」

きょとんとした目で答えるこいつに、やっぱり判ってねぇんだろうなと容易に想像できた。きっと付き合うということもなかっただろうから、俺が教えてやらないといけないんだろう。

「連れて行ってやるよ。その、付き合ってるんだし…」
「私、佐藤君と恋仲になったつもりはないのだけど…」
「ぶほっ、ごほ…っ」

と思っていたらこの仕打ち。俺は思わず吸っていた煙草に噎せる。始めは八千代の言っている意味が判らず、一瞬呆然としてしまった。それから考察を巡らせようとも、ただ必死に以前告白した時の彼女の返事を思い出すだけだ。

「お前、この間飲みに行った時、はいって…!」
「あれは佐藤君の行為の意味が判ったからよ!そうね、言わなくちゃね」

一度目を伏せてから、八千代は俺に向き直す。普段はおっとりした顔をしているのに、今日ばかりはじっと俺を見ている。そんな奴の目の前では何も言えず、ただ黙って灰皿に煙草を突っ込み火を消した。そして彼女は淡々とあの時伝え切れなかった答えを口にした。

「私は佐藤君がお友達としてじゃなくて好きよ。でも佐藤君は私が一番に好きじゃないのね」
「そんなわけ…」
「だって、あの時携帯からの着信に躊躇っていたわ。佐藤君が一番好きな人、その人なんでしょう?」

告白をする直前に鳴った携帯。その着信は相馬からだった。俺はそんなはずがないと思って来た。ずっと好きだった八千代から、そんな、まさか男を好きになるなんて。
片意地を張って、嘘をつく。俺はそうやって黙って来た。受け入れたフリをして拒み、拒んだフリをして受け入れる。その繰り返しで翻弄させて、あたかも相馬もまた冗談だと思わせるように。けれどあいつはそうならない。こんな俺を必死に捕まえようとする。こんな、どうしようもなく逃げ腰な俺を。
もしかしたら八千代が一番、ずっと真っ直ぐだったのかもしれない。

「だから私は嘘をつくの。ずっと友達として傍にいてね」

だからこそ、それは彼女が自分につく最初で最後の嘘。八千代の笑顔には言葉にならないほど、たくさんの何かが詰め込まれていた。俺は八千代の言葉を聞き終えた後で、一目散に店を飛び出して行った。

「あ、佐藤さん。これからバイト…!」

やって来た小鳥遊の声にも耳を貸さず、俺はひたすら走り出す。何処へ行こうとしているのかは、判っていないようで判っていた。あいつは今、まだ眠っているだろうか。あいつは今、何をしているだろうか。何も知らない。でも知っている。たった一つだけは知っている。あいつは今でも俺が好きで、ただどうしようもないほど馬鹿に好きなだけだ。
きっと俺も今なら言える。意固地になんてならずに言えるはず。
なぁ俺はお前が、相馬が。

「博臣が」

(110816)

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