知っていて嘘をついていることを本当は知って欲しい


金曜日のバイトの後は、決まって戸締まりを任される。店長は怠いと言って帰ってしまった。八千代もそれについて行った。もう店は閉めたし、あとは着替えて裏口から帰るだけだったんだが、生憎この男がいた。

「どうだった?デート」

そう言って来たのは相馬。当たり前だ、もうこいつと俺しかいない。明日は相馬はバイトがないから、こいつが帰らなければ戸締まりも出来ない。つまり俺が帰れない。だからこそ下らない質問にも付き合わなければならなかった。答えたくはないが答える。それが理由。
デートじゃないと言わなかったのは、満更でもなかったかもしれない。いや、もう何も言わない。

「普通に楽しかったよ。好きだったもんが手に入った気分だった。判るか?」
「僕には判らないよ。判りたくもない」

自分で訊いて来たくせに自分で拒否をする。するりと簡単に服を脱ぎ、普段着へと着替えていく。それをゆっくりと目で追いながら、言葉の続きを待つ。まるで期待しているみたいに。何を期待しているかなんて、それこそ俺だって判りたくない。
相馬は手を一瞬止め、ロッカーを閉めるのと同時に言った。

「手に入らないのが判ってて、佐藤くんがそんなことを言うのは、皮肉」
「……そうだな」

好きだと言われて、弄ばれて振り払って。そうやって逃げたのは嫌いとか好きとか、そういう問題じゃなかった。ただ逃げたかったんだろう。有り得ない関係性を追うより逃げ出した方が楽だったから。水がないと魚は泳げない。空気がないと人は住めない。そういう理屈と同じことだ。
着替えを済ませ、ロッカーを閉め、休憩室に出て山田に声をかけようとしたが、もう寝ているようなのでやめた。鍵を取り、まだ電気がついているところはないかと歩き出そうとしたところで、まだ会話は続く。

「何かあった?」
「お前のことだから知ってんだろ」
「勿論。でも佐藤くんの口から聞きたいな。それが駄目なら…僕の家、来る?」

振り向くと、開かれた裏口を示し、相馬は笑っていた。その先へ行ったらどうなるかは判っていた。また前と同じことを延々繰り返す。それが嫌で逃げたんだ。お前なんか、目の前からいなくなればいいのに。

「行かねぇよ。さっさと帰れ」
「佐藤君」

ぞんざいにして帰らせてしまいたかった。視線を逸らし、休憩室を出て行く為の扉に手をかける。だが開くことはない。肩を引かれたからだ。それが誰だかはすぐ判った。判るも何も相馬しかいない。いっそ殴ってやろうと思ったのに、何を言うよりも早くキスをされた所為で何も言えなかった。舌を捩込まれて、まさぐられてなぞられて、水音だけが雨みたいに耳の中を流れる。心地好いと思ってしまったのは多分、お前だからだと思う。

「だったらなんでキスだけは許すの」

離されて、口寂しいなんて死んでも言えなくて。ほんとはもっと欲しかったなんて、もっともっと言えなくて。そんな情けない顔で手に入れられないと判っている俺を追っている。
そういうお前が本当は好きだからなんて言ってやらない。

(110804)

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