判らず屋
「佐藤くん」
「あ、相馬くん。じゃあ明日ね」
「ああ。判った」
店に客が少ないから、僕も休憩を取ろうと裏に回る。確か佐藤くんも休憩だったよなぁと、キッチンにいない彼の姿を探していれば、案の定見慣れた金髪。声をかけたら、その死角になって見えなかった轟さんが僕を横切って店に駆けた。
途中まで聞こえた会話。じゃあ明日って、なに?
「じゃあ俺も…」
「待って」
轟さんがそうしたように、僕の顔を見るなり店に戻ろうとする佐藤くんの腕を掴む。テーブルの隅に置かれた灰皿の中で、完全に火の途絶えていなかった煙草の臭いが鼻をくすぐった。
「二人で何処かに行くの?」
「お前には関係ねぇだろ」
話の切れ端からの推測に、ポキッと容易く折られてしまう関係性。僕の握る手を振り払ってでも戻ろうとする佐藤くんに対して、僕はただぐっとその手に力を込めるしかなく。
「待ってってば」
「なんだよ」
「そうやって僕から逃げて、また不毛な恋愛をするの?」
眉間にしわを寄せ、本格的に鬱陶しそうにし出す佐藤くんを引き止める。口走ったのは悲しくも皮肉。僕の口は、言葉は、それしか吐けない。
「元々、お前と恋愛をした覚えはない」
もっともな正論だ。
「そうだね、ずっと一方通行だった。でも少しぐらいなら、前よりも近づけたと思ってた」
近づけたと言うよりも、近づきすぎて遠くなってしまったような気がするが、今は言葉のあやに頼るしかない。もう一押し、もう一押し。いつもそう言っては、握りすぎて、壊れていた。
セックスはいつもそうだった。たまに笑っていたから、大丈夫だと思ってた。それなのに、今やっと判ったんだ。あれは壊れて笑ったんだって。
するりと指から解かれれば、今度は不思議そうにする君。
「いいよ、行って来なよ」
そして壁に押し付けて、愛なんかよりも独占欲しかない、汚い口づけを。
「…んっ、やめ」
「それから、気付けばいいんだから」
君には、僕しかいないってこと。この判らず屋め。
(100709)