誰でも良かった。俺を、愛してくれるなら、それで。

























「銀時、今日も遅いのか?」
「分からない。じゃあ行って来る」

パタン、と冷たい鉄の扉が閉まる。
部屋は朝日が差し込んでいて、明るいけれど。俺の心は真っ暗だった。



銀時と付き合うようになって、もう数ヶ月。

『俺は、誰からか愛されたい』
『じゃあ俺がお前を、愛してやるよ』

そう銀時が言ってくれたから、俺は嬉しくて。銀時と付き合うようになった。
高校時代からの友達だった銀時は、何でも俺を優先してくれて、どんなときでも俺を愛してくれた。

でも、最近はそうじゃない。

銀時は浮気をするようになって。同居してるこの家にまでその浮気相手を連れてきて。
しかも浮気相手は全て女。
まるで、俺が持ってないものを求めてるかのような。
まるで、俺にはもう興味がないと表してるかのような。

愛されたい。俺は、それだけを思ってこれまで生きてきた。けれど、誰からも愛されなかった。
そして、漸く銀時に愛されていると実感できて、幸せだったのに。
その銀時さえ、俺を愛さなくなっていった。

「もう…だめ、か」




本当は分かっていた。

女好きの銀時が、俺を愛してくれるはずもないって。
本当は…分かっていた…。本当に…









「あら、土方さんじゃねぇですか」
「…総悟?」


仕事終わりに、久々に高校時代よく絡んでいた総悟と出くわした。
立ち話も何だから、と近くの居酒屋に入って、思い出話に浸った。


「それで?坂田の旦那とはまだ付き合ってるんで?」
「あれ、俺それお前に言ったっけか?」
「近藤さん情報でさぁ」
「そうか…まぁ…何だ、一応………付き合っている、かな?」
「…何ですかい、その歯切れの悪ぃ言い方は」

付き合っていると、言えるのだろうか。俺と、銀時。
同居さえしてるものの、顔を合わせて会話をするのは朝の出勤前だけ。後はお互い帰宅時間はバラバラ、食事も家で食べることなどしない。ただいまの挨拶もなく、直ぐに自分の部屋に戻る。
まあ最近は銀時の部屋に女が居る率の方が高いから、なんだけど。

「俺は、さ…愛されてえんだ……誰からでも、いいから…」
「へぇ…それは旦那に言ったんで?」
「ああ…言った。というより、つい口から出ちまった」
「…そりゃあ、旦那も愛想つかしまさぁ」
「何?」

酒が入っている俺は、総悟の意図がつかめない。どうしてそんな事を言う。真意が見えない。

「あんた、愛されたいんだろぃ?誰からでもいいときた。じゃあ何で旦那と一緒にいるんでさぁ」
「…それ、は…あいつが、俺を…愛してくれているから…」
「嘘。最近は、愛されてねえって思ってるんでしょう?それなのに、何故一緒に居るんですかぃ?」
「…」

何も、いえない。
だって矛盾している。俺は愛されたい。銀時からは愛されていない。
なのに、どうして俺は銀時といるのだろう。

「土方さん、あんたは誰からでもいいんだろ?じゃあ、俺が愛してやりまさぁ」
「そう、ご…?なに、言って…」
「愛されたい土方さんを、俺がとことん愛してやります。旦那なんて、捨てて…俺にしたらどうですかぃ?」

ちゅ、とキスをされた。
瞬間、目の前が真っ赤になった。

「やめろ!」

パシッと、総悟の頬を叩いた。


「…分かっただろい、土方さん。あんたはただ誰からでも愛されたいんじゃない。旦那に、愛されたいだけなんでさぁ。じゃなきゃ、俺を拒む必要はないですからねぇ」

総悟の言葉に、酔いは吹っ飛んだ。そして、居酒屋出て、走った。

「はぁ…世話の焼ける人だ…」







何故、銀時は俺を愛さなくなったのか。
そんなの、簡単だ。俺が、「誰でもいいから、愛されたい」とあいつの前で言ったからだ。あいつは、俺を本気で愛していたから、今の行動をしているんだ。たぶん、そう。

俺は、こんなにも銀時が好きだったなんて。
ずっとずっと昔。まだ母親が居たころ。


「とし、いい?愛はね、まず人を愛すことから始まるの。そうしたら必然的に向こうも貴方を愛してくれるわ」


と俺に言ってくれたことを思い出した。
そうだ、俺は、凄く大切なことを忘れていた。

愛されたい。そんな気持ちだけで生きてきた。誰かを愛すことも、愛そうとも思わない自分が、他人から愛されるわけがなかった。
だけど銀時は違った。
自分でも気づかないうちに、銀時を愛していたんだ。だから、銀時はそれに応えてくれた。そして、恋人にまでなってくれた。
その銀時を突き放したのは、他でもない俺だった。

毎晩、銀時の帰りが遅い事や、銀時が俺と住んでいる部屋に女を連れ込む事で、俺の胸がいつもジクジク痛んだことも説明できる。

こんなに、銀時を愛してるのに。



でも、愛しているからこそ、俺がとるべき行動は一つだ。
もう俺を愛していない銀時を、開放してやること。それだけ。









家に、明かりがついていて。銀時が居るという事が分かって安心したものの、自分の部屋から女が出て来て、ちょっと悲しくなった。
だけど俺は進む。銀時に全てを打ち明けて、開放するんだ。



「銀時!」
「…なんだよ、土方か…」

「話が、あるんだ…」


けだるそうな銀時は、上半身裸で、いかにもって感じで傷ついている自分の心は無視した。

「何、俺疲れてて寝たいんだけど…」
「すぐ済む」
「なに」
「…俺達、別れよう。今まで、無理させて…悪かった。俺は、お前に愛されている事に胡坐かいて、甘えてて。それでお前を傷つけた。でも、本当は『誰にでもいいから愛されたい』んじゃなくて、お前だから…銀時だから愛されたいって思ってたんだ。だけど、俺は…自分の気持ちに気づいてなくて、お前にそんな事を言った。でも…今更だって、分かってる。俺はお前を愛していても、お前は俺を愛してないからな。だから、俺が出来るのは、正式に別れて、お前を自由にしてやることだけだ。そうしたら、お前は好きな時に、好きな奴を呼んで、好きなことが出来るだろ?今みたいに、夜だけなんて、辛いだろ?


だから、別れよう」



泣かないつもりだったけど。涙は自然にあふれてきて。
それでも伝えたい言葉は全部、銀時に伝えた。

もう、これで終わり。

銀時は喜んで、俺との別れを選び、他の誰か分からないけれど綺麗な女性と付き合い、結婚する道を選ぶのだろう。
それでもいい。
ただ、銀時と少しの間、両想いだった時間があったのだから。


「なんだ…それ…」
「え…」
「何で、お前…そんな事言うんだ!何で、俺を責めないんだよ!何で浮気してるんだって怒らないんだよ!」
「…怒れる、わけ…ねぇだろ。俺の愛した人だ。そりゃ、傷つくことだってあったさ。それでも、自分より大切な相手には、幸せなって欲しいだろう…それくらい、察してくれよ…」
「…ひじ、かた…」
「…そりゃ、浮気だって嫌だった。でも、そんな事を言える立場に俺はいねえ。先にお前を傷つけたのは、俺だ。愛していてくれたお前を、傷つけたのは…俺だ。だから、それくらい…どうってこと…ねえんだ…」


もう、前を見ていられなくて。俯いて自分の足元を見ていた。
ああ、ここ、玄関だ。今更思う。俺は、玄関にいて。銀時は家の中。
超えられない壁がそこにはあるようで。

俺は、出て行こうとして、振り返ろうとした瞬間、銀時に抱きしめられた。

「ぎん、…何、やって…」
「嘘つくなよ。どうってことないわけ、ないだろ…。そんなに、泣いて、やつれて、辛そうなのに…」

久々の銀時のぬくもり。
それだけで、俺の涙はさらにあふれる。

「ごめんな、俺も…意地、張ってた…お前に、『誰からでもいいから愛されたい』って言われたとき、俺じゃなくてもいいじゃんって思ってさ…。本当は、知ってたんだ。言葉に出さなくても、お前は俺を愛してること。だから、お前のあの台詞に乗っかって、付き合うことにしたんだ」
「…ぎん、とき…」
「不安にさせてごめん…」
「いや…俺こそ、ごめん。…俺は、銀時だけを愛してる。愛されなくたって…」

いい。

そう続けようとした、言葉は銀時とのキスによって奪われた。

「だめ。俺は、お前を愛したい。そんな事、言うなよ」
「でも…お前は、女を…」
「……実は、さ。浮気、してねえんだ」


そうして、銀時は、教えてくれた。
俺が女だと思ってた奴は、俺の知らない大学時代の友達で、女装をさせて家に来させていたらしい。
そして、AVを見て、俺の様子を伺うはずたったこと。
でも俺が何も言わないものだから、銀時も意地になって、その行為を続けたこと。
帰りが遅かったのはただ単に残業が続いただけとのこと。

「俺、お前の言葉がなくても、愛してたけど…やっぱり、駄目だわ。さっきのお前の言葉聞いたから、お前からの言葉も欲しいわ…」
「ぎんとき…俺、お前が、…すき」
「…やべ、可愛すぎるよおまえ」

そう言って、銀時は俺を抱きしめて首筋にキスをくれた。





愛して欲しい
  (それ以上の愛を君にあげる)






end.


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テーマ「人外ファンタジー」
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