「ヒュー、必ず、会いに行くから」

「兄さん…」














そう言って、僕たちはまたあるべき場所へと戻った。

兄さんは領主として、ラントへ。そして僕は、軍人としてストラタへ。


それから数ヶ月。
会いに行くと言ってくれた兄さんは、まだ会いに来てくれない。
それが苛々に繋がり、不安へと移行し、そして夜眠れなくなるほどの病気と化していた。終には、仕事中だというのに日ごろの寝不足がたたり眩暈や頭痛がする。

「少佐。もう、その辺にしてください。そんなフラフラな姿を見られたら軍の指揮が低下するでしょう」
「…レイモン……。わかりました。貴方の言うとおりですね。では、今日は早めに上がらせていただきます」

義理の弟であるレイモンにも心配される始末。

今、家に帰ったところで休めるとも思えない。というより、不可能だというのに。



会いに行くと言った兄さん。来れないなら来れないで便りの一つくれたって、いいのに。
もう、僕は要らないのだろうか。やっぱり、僕は、ラント家から捨てられた存在なのだろうか。

兄さんが、違うと教えてくれたのに。兄さんが居たから、ラント家と向き合って、捨てられていない事を知ったのに。
その兄さんに、もう僕は必要とされていない。ならば、捨てられたも同然か。僕は、オズウェル家の人間だから。


「兄さんの…ばか」



もう兄さんに必要とされていないのが不安で、怖くて、そして悲しくて。
僕は、兄さんが、大好きだから。子供の頃もそして勿論、今もだ。だけど、兄さんはどうなんだろう。
兄さんと旅の途中。ひょんな事で僕の想いは兄さんにバレてしまった。兄さんからの罵倒や、軽蔑も、そして兄弟という絆が切れてしまう事も予想して、泣きそうになったけど。兄さんは、微笑んで俺も好きだよって言ってくれたんだ。

だけど、あの好きは、ソフィや教官やパスカルに他の人に、平等に与えられる兄さんの愛だったのだろうか。


「博愛主義も、罪ですね…」


自嘲して。
もう、諦める事にした。この逸脱した想いを。

兄さんを馬鹿にするのは筋違いだ。僕が、いけなかっただけだ。何を勘違いした。何を勝手に、両思いだと錯覚してるんだ。
兄さんが僕に与えるのはあくまでも、兄弟愛であって。僕が兄さんから欲しい愛情とはかけ離れている。


簡単な事だ。そう、考えれば…胸も痛むけれど、頭の中にスッと入ってきて納得出来るじゃないか。
今なら、寝られる気がして。僕は漸く数ヶ月ぶりに自分のベッドに入って、目をつぶった。







「ヒューバート!!!!」

バタンッ!!


漸く寝られる、と思った矢先。
突然、名前を呼ばれ、ノックもされずに開いた扉。

「え、」
「今、軍の方に行ったら、具合が悪くて帰ったって聞いて…大丈夫か、ヒュー。どうしたんだ?怪我か?病気か?なら今すぐ病院に―――」
「ちょ、ちょっと待ってください、兄さん!そんな矢継ぎ早に喋られても困ります」
「え?あ、ああ…そ、そうだよな。ヒューが具合が悪いって聞いたらもう、なんか居てもたってもいられなくて…動揺した」
「兄さん…」


数ヶ月便りさえ寄越さなかった兄さんに少なからず抱いていた、苛立ちだとか怒りだとかが、全部何処かに消えてしまった。不思議なものだ。いや、都合の良いと言った方がいいか。
それに、少なからず心配してくれた事が嬉しかった。それが兄弟の当たり前の感情だとしても、だ。

「ごめんな、ヒューバート。意外と忙しくてさ、領主って」
「…知ってますよ。父さんを見てましたからね」
「そっか。俺は父さんに反発してたからさ、そんな事知らなかったよ」

少し悲しそうな顔をする兄さんに、腕を伸ばそうとした。けれど、やめておいた。僕の中にある、兄さんへの想いが爆発してしまいそうだから。


「ヒューバート。大好きだよ」


そんな僕の考えを知らずに、兄さんは突然そんなことを言い始めた。一瞬凄くどきどきしたけど、直ぐに考えは戻った。兄さんの大好きは、僕の大好きと全く違うと。

「兄さん…突然、どうしたんですか。そんなの、…昔から分かっていますよ」
「昔?」
「ええ。兄さんは弟の僕にも全力ですね」

なんて言って、笑顔を見せる。

その笑顔がちょっと歪んでしまったのが、自分でも分かる。だから窓の方へ顔を背けた。
どうしてこんなに正直なのだろう。昔みたいに、兄さんを突っぱねていた時なら、こんな事はならなかったのに。

「ヒューバート?何を言ってるんだ?」
「何って、当たり前の事ですよ。ところで兄さん。僕はもう、今日は疲れたんです。だから明日また来てくださいません…か…」

話しながら、兄さんを見ると。兄さんは、先ほどの父さんの話をしていた時より暗い顔をしていた。

「…俺は、ヒューバートとは、両思いになったと思ってた。だけど、違ったんだな」
「え、兄さん…?」
「ヒューは勘違いしてる。ヒューが思っている程、お前に対して俺はいい兄じゃない」
「…どういう、意味ですか」

兄さんはまた真剣な顔に戻して、僕を見てはっきりとそういった。兄さんの伝えたい真意が、僕には全く分からない。どうしてそんなことを言うのだろうか。それを言うなら、僕のほうが兄さんが思っているほどいい弟じゃないのに。

「俺は、お前が好きだ。お前が俺に抱く、兄弟愛なんかじゃない。本当は、ストラタに置いとくのも、少佐として軍にいるのも、嫌だ。出来るなら、ラントへ連れて帰って俺の横に常にお前を置いておきたいと思ってるんだ。だけど、お前はそれは望まないだろう?いい兄を演じるのは、辛いんだ。今だって、お前にキスだってしたい。…けど、ヒューは、そういう意味で俺が好きなんじゃないもんな。…って、ごめん。いらない事まで話した。俺はもう、行くよ」


そう言って、兄さんはベッドサイドから退いた。

何だ、それ。

兄さんの想いを今、初めて聞いて。胸が煩い。顔も熱い。
兄さんが、そんな風に僕を思ってくれていたなんて。嬉しすぎて、涙が出てきてしまった。

「待ってください、兄さん。兄さんだけ、僕に言いたいこと言って去るなんて、ずるいです」
「ヒューバート…泣くほど、嫌だった…」
「違います!僕だって、兄さんが一人の、お…お、男として好きなんです!…ただ、数ヶ月、会いにこなくて便りさえ寄越さない兄さんに、不安になったんです。そして、僕はいらないんだって、兄さんの想いはあくまで兄弟愛なんだって思ったら、止まらなくて…」
「ヒュー…」
「だけど、今、兄さんの気持ちを聞けて、嬉しかったんです。だから、思わず、泣いちゃったというか…いえ、決してこれは涙じゃないです。汗なんで…んっ!」


今、自分がどれほどの醜態を晒してるかと思ったら、急に恥ずかしくなって言い訳していたら、兄さんに唇をふさがれた。
軽い、キス。それだけで、僕の乾いていた心は満たされた。

そして、キスの後に見た兄さんの綺麗な笑顔に、釘付けだ。


「ヒューバート。不安にさせて、ごめん。もう、不安にさせないから」
「ええ。約束ですよ?」
「勿論だ。今度こそ、約束は守るよ」



会いに行く
  (今度は僕から行こうかな)





end.









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