「兄さん、起きて下さい。シェリアがもう来てますよ!」

朝。
寝起きの悪い兄さんを起こすのが日課だ。まあ、シェリアの名前を出すと飛び起きるのだが。


「嘘だろ!もうそんな時間か…」


今日も、いつも通り。変わらない。
僕は先に降りて兄さんが登校する時に食べられるように、焼きたてのトーストにバターを塗る。

「ヒューバート、朝ご飯!」
「はい、どうぞ」
「ありがと!じゃあ行ってくる!」


バタバタと騒がしく、兄は出て行った。行ってらっしゃいは、言わない。だって…聞こえてないから。
聞こえないなら言う必要はないじゃないか。

小さい頃、兄さんが兄さんとして好きだった。気付いたら、それは恋に変わっていて。
恋だと確認した瞬間に、玉砕。だって兄弟だし、男同士だし…それに、兄さんには、シェリアがいる。
シェリアの気持ちには気付いてないみたいだけど、二人はもう十分…お似合いだ。

弟の僕でさえ、侵してはいけない領域だ。


一瞬見えたシェリアの赤い髪に、胸がちくちくと痛んだが、無視して僕も学校に行った。



*



最近、気付いたら授業が終わっている。毎回、兄さんを想い、先生の話どころではない。
不毛なんだから、諦めたらいい。そう考えるも、日毎…兄さんへの想いは膨らんでいく。
諦めなきゃ、いけないのに。

視界が潤んだのにはっとして、誰も居ない教室を慌てて飛び出る。

3年生の廊下を必然的に通るわけで、そこで僕は、見てしまった。
兄さんと…誰かも解らない女の人が、キスをしてる所を。

まだ…まだ、シェリアだったら諦められたのに。どうして。



「っ!」

バサ、と持っていた鞄を落としてしまった。兄さんは幸い、こちらを背にしている。急いで鞄を広い、逃げる。


「っヒューバート!」


兄さんの焦った声が聞こえたけど無視して走る。
昇降口まで降りて、そこでシェリアと会った。

「あら、ヒューバート。アスベルを待ってた所なの。久々に3人で帰りましょう?」

シェリアが優しく笑う。から。余計に悲しくなって。理由は解らない。勝手に慰められた気になってるからか。

「え、ヒューバート…どうして、泣いてるの?」
「ヒュー!」
「っ!」

シェリアが僕の涙に気付いた。やっぱり、涙って我慢しててもあんまりにも悲しいと出てしまうんだなあとか考えた所で兄さんの呼び声。
びくり、と肩が揺れる。
ローファーを乱雑に床に落とし、上履きもそのままに僕は学校を飛び出した。

「ちょっと、ヒューバート?!アスベルもどうしたのよ!」

兄さんの呼び声より、シェリアの甲高い声が耳に残った。








「っは…は、…はあ…」

隣町まで走って来た。…幾ら必死だったとはいえ、ここまで遠くに来る必要は無かっただろう。

「兄さんの…ばか」

近くのブランコに腰掛け、兄さんを馬鹿にする。


一番馬鹿なのはこの僕だ。
兄さんに、男に、恋をした…愚かな僕。
兄さんが兄さんでなくて、どちらかが女だったら。


「幸せ…だったのかな…」


そう考えたらまた涙が溢れてくる。兄さんだって、年頃なんだから…彼女くらい居たって…普通、だよね。
僕が…僕だけが、異常なんだ。だからあれくらいで動揺したんだ。

でもあのシーンは…辛かった。僕はこんなにも、


「好きだから…」
「誰の話だ?」
「!」


する筈の無い声に、大袈裟なまでに体が反応する。

「ヒューには、好きな人…いるのか?」
「………………」
「なあ…ヒューバート…」

そんな、悲しい表情しないでください。僕の方が悲しいのに。どうして兄さんがそんな顔するんだ。

「…好き…だった…んです。今は…もう、」
「嘘。」
「なっ!」
「…だってヒュー、今凄く好きな相手の事を考えてる顔してる」
「…」

何も言えなくなった。涙はより一層、増える。頭の中はぐちゃぐちゃで、冷静な判断なんか出来やしない。

「なあヒューバート…どうして逃げたんだ?」
「っ、」

しゃがんで、僕の目線に合わせて、頭を撫でながら、そんな事を言う兄さんが…僕は大嫌いだ。
兄弟としての愛は嬉しいけど、本当に兄さんから欲しいのはそんなのじゃない。
…僕は、我が儘、なんでしょうか。

「……何でも、」
「嘘だろ、それも。何でもないなら、強いお前が泣く筈がない」
ああ…。兄弟だから何でも理解されていて…大変やりにくい。
もう頭の中には正直に言うという選択肢しかなかった。


「兄さんが…」
「…」
「あなたが、女性と…キス、してたからですよ…っ! 僕は兄さんが…兄さんとしてではなく、恋愛感情で…好きなんです! …気持ち悪いでしょう? 真面目な弟が実は兄が好きだったなんて」

自嘲しながら、泣く。
我ながら器用だ。こんな事でも考えてないと死にそうなくらい、辛かった。
もうこれから、兄さんと一緒には暮らせないのかな。だったら、僕が出て行くべきだよね。

「ありがとう、ヒューバート…でも、」

兄さんから、発せられる言葉が怖くて、目んつぶった。手も強く握り、唇も噛んでいた。

「俺は…気持ち悪いなんて思わない。キスだって誤解だし、何より俺は…ヒューバートが好きだ。好きなんだ」
「…うそ、」
「嘘じゃないよ、ヒュー」

そう言って、兄さんは僕の手を握って、目尻に溜まった涙をキスして吸った。

「っ!」
「さあ帰ろう、ヒューバート」
「……はい」



色んな不安はあるけど、兄さんとなら全部乗り越えられる気がした。


兄さんが繋いでくれる手が何より、嬉しかった。




手の温もり
 (一番安心する)




end.



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