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しかし、本当に本が好きなんだな。
本棚に所狭しと並べられた大量の本を眺めながらフィアは思った。
ロイの書斎はその名の通り本が多い。
日焼けしないよう窓から陽の射す場所を避けて、部屋一面をぐるりと取り囲むように並べられた本たちは、多種多様でいわゆる図書館のようだった。
文庫本は少なく、専門的な辞典が多い。
陽の射す窓辺には、大きなデスク。
自分はデスクなんて持っていなかったな、とフィアはふと思い出す。
風の吹き抜ける広い谷。そこに住んでいた自分と家族、そして民族――。
主に狩りが仕事だった村では、本を読む習慣なんてなかった。
兄フェルデクスの残していった、冒険書の数々を除いては。
学校などなかったが、村の者によっては文字を嗜む者もいた。
外の世界から来た数人の兄嫁たちから教わったり、その子たちを通じて本を時々読み聞かせてもらうことはあった。
次第にフィアは、冒険書以外にも本があることを知り、外の世界に興味を持つのだった。
――人によって好む本が全く異なるから面白い。
ロイの書棚に並ぶ、ほとんど意味のわからない文字ばかりの本を取ってぱらぱら捲っては戻し(まず文字を解読するところから始めなくてはならなそうだ)、再びデスクに目を落とす。
デスク、って何するところなんだ?
文字を書くのか?ロイも本でも書くのだろうか。
ロイのデスクにはよくわからない書類がいくつか整頓されて立てられており、その横には羽つきペンとインク、眼鏡。
そういえば、ロイは本を読むときに眼鏡を掛ける。
目が悪いのか?と聞くと「全然」と答えた。
なんなんだ、あいつ。
そこまで考えて思い返すと、基本的にロイは変人だ。
「人が見て誰もが目を奪われる、派手で華やかなもの。そういうものより、誰も魅力に気付かないような、僕だけが知っているものに心惹かれる。
だってそれって、すごく特別だろ?」
つまり、彼はB専だとフィアは理解した。
「書斎にある本は自由に読んでいいよ。貰い物だ。興味があれば持っていっていい」
ロイはそう言ったが、フィアには専門書を読もうという気力と知識は持ち合わせておらず、部屋を出ようとした。
その時、視界にチラリと入ったのは、この専門書たちからひとつだけ浮いていた小さな本だった。
シンプルな水色の表紙は、裏表紙と繋がっていて、よく見ると雲が描かれている。
空だったようだ。
中を捲る。本なのに文字は書いていない。
あとで見ると、一番最後のページに手書きの文字が印刷されていた。
“親愛なる君へ
君に見せたいものが沢山あります”と。
「わ……」
真っ白なページを捲ると、見開き一杯に広がる青い花畑だった。
空を反射した水面のような、鮮やかなブルー。
これは、何ていう花なんだろう。(補足…のちのイベントでネモフィラと発覚する。また、このネモフィラ畑でこの本の作者と出会うことになる。
「この本で知って来てみたかったんだ!」と見せた人が、作者だった。
作者のいう親愛なる君は、もうこの世にはいない人で、彼にこの景色を見せたかったのだと、だからそこへ赴き、たくさん描いた絵を本にしたのだと、そう言った)
ぱらぱらページを捲ると、世界各地の美しい風景が描かれていた。
写真かと思ったら、全て絵らしい。フィアは驚いた。
それと同時に胸の奥が熱く火照り始めるのを感じた。
この感覚は、村を出て旅を始めたあの頃に似ている。
見たことのない景色をこの目で、この足で行って確かめてみたい。
いつか、この本に描かれている場所へ行ってみたいと、フィアはそう思った。
*
「気に入った本があった?」
ロイが例によって書斎へ戻ってくる。
今日は休日の装いのカーディガン。
襟のないシャツを着ている日は、何も予定がなくゆったりしている証拠だ。
持ち出していた本を戻しにきたらしいが、すぐ本棚に戻すでもなくデスクに置いた。
「この本、すげーよ。色んな景色が描いてある。しかも全部絵なんだってさ!気づかなかった」
フィアが両手で先ほどの本を掲げると、「ああ、ファーネス=ウェアブルクの本だね」とロイは微笑んでみせた。
「知ってるのか?」
「北欧の画家でね。知る人ぞ知る、味のある絵を書く人だ。会ったことはないけれど」
「今も生きてるのか!?」
「何を驚いてるんだ」
「いや、本を書いてる人って皆もう死んでるのかと思ってた」
それを聞いてロイは俯いた。声を押し殺して笑っている。
「なに笑ってんだ!!」
窓の外、映る空は今日も青い。