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さやさやと遊ぶように葉を揺らす風は、時の流れに似ている。
時には強く、時には優しく、背中を押したり立ちはだかったりしては、悪戯に通り過ぎて行く。
…そして二度と、同じ場所には還らない。
江戸の街まであと少しといった距離の林では、一人の旅人が草むらに息をひそめていた。
春一番に弄ばれている青葉の影からひょっこり顔を出すと、さっきまで人の気配のあった周辺の様子を探る。
きょろきょろと激しく首を振りながら周囲を見渡し、やがて誰もいないとわかるとようやく立ち上がった。
「ったく、都に近いっていうのにこんな所で山賊に出くわすとは…」
そう呟きながら葉っぱの付いてしまった外套を一通り手で払う。
旅人の右頬は、白い布で顔の半分を不自然に覆われていた。
丈の長い外套に隠れた右腰には脇差がぶら提がっている。
その位置が左ではなく右なのは、旅人が稀にいる左利きという理由からである。
一見目立つ風貌をしたその旅人は、頭の笠を深く被り直すと、やがて木々の先にある開けた丘に足を踏み入れた。
小高いそこから小さく見える江戸の街を、目を細めて一瞥する。
「十年ぶり…か」
丘からは、江戸を統治している山茶花城も見ることができた。
街を見下ろすかのような堂々とした風貌は、十年前と変わっていない。
突然、強い風が吹く。
思わず顔を背けたものの、切るように走っていくそれは懐かしい街の香りを孕んでいた。
葉が擦れる音とともに、どこからか流されてきた桜の花びらが、踊るようにひらひら目の前を舞っていく。
顔の前に掲げていた腕を伸ばし、それをそっと掴み取った。
広げた手のひらの中にいた花びらは、優しく微笑んでいるかのような、柔らかい色をしていた。
「……――」
「いたぞー!!あそこだ!!」
背後から響いてきた大声に、故郷の思い出に浸っていた旅人は驚いて思わず大きく肩を揺らした。
振り向くと、どうやら見覚えのある男の顔。
「げっ、さっきの山賊!」
旅人は一瞬、心底ウンザリした顔をしたものの、くるりと体の向きを変えると、
「いい加減諦めろっつーの!」と全速力で都に向かって走り出した。
「あっ逃げやがった!大人しく金銭よこせー!」
「俺も金ないんだってば!」
普段は静かな林に、その日は山賊と旅人の山彦が響き渡っていた。