心も直せたらいいのに。
壊れた心も、押し潰された心も、全部。



***

沢山の機材と薬品に囲まれた、とある実験室。
人間味の感じられない、人工的なそれらとは到底不釣り合いな「生き物」に、ロボットは目(の部分に当たるであろうレンズ)を瞬かせた。

そのレンズが捉えた先の実験台に横たわり、泣き叫んでいたのは――小さな赤ん坊だった。


「一体どういうことだ」


さっきから不思議そうに赤ん坊を見つめているロボットに、白衣を着た男は再び確認するように呟いた。

「僕は郵便受けの手紙を取ってこいと言ったはずだが」

「落ちていたから」

「何がだ」

男が聞き返すと、ロボットは「コレ」と言って赤ん坊を指さした。

「どこに?」

「ソト…」

「だからと言ってなぜ持って帰ってきた」


ロボットは「外に落ちていたから…」と、先程述べたのと全く同じ言葉をうわ言のように繰り返す。

その視線は動かないままで、赤ん坊は怯えたように一層声を張り上げるものの、ロボットも白衣の男もそれを気に止めた様子はない。

男は本日何度目かわからない溜め息をついた。



ロボット――もといメロディアス・マイケル6号は、男が作った近未来ロボットの試作品だった。


正しくは、社会に貢献できるような高性能のロボットを作るのが目的で発明したが、完成品として世に出せるようなものではなかったため、今はリサイクルがわりにお手伝いロボットとして使っている。

しかしこのロボット、試作品のためたまにネジの抜けた頭でとんでもないポカをやらかす。

この日もそうだった。


全く道筋の通っていない説明をしたマイケルは、こちらの気も知らないで赤ん坊の観察を続けている。

なぜだか郵便物の代わりに別なガラクタやゴミを拾ってくることはよくあるが、
さすがに生き物……しかも人間の子どもを拾ってきたのは今日が初めてだ。

しかしこうなると、「なーんだ間違いか」と今までどおりさっさと捨てて終わり、というわけにはいかない。


「一体どこをどう間違えたら人間の赤子なんか拾うんだ…」

「おぎゃあ、おぎゃあー!」

「……。」


男は、さっきから一向に泣き止まない赤ん坊の声に限界を感じて耳を塞いだ。


「一体どうにかならないのか?これは 」

そう言いながら実験台の方へ行く。
ロボットがそれに気付いて男を見ると、男は赤ん坊に顔を近付けた。

固くゴツゴツした実験台に寝かせられた赤ん坊は、小さな身体から懸命に力を振り絞って泣いている。

真っ白い布に大切そうにくるまれているが、涙と唾でしゃぐしゃになった顔だけでは性別の判別すら難しい。


「おい、君。そんなに泣いても何も解決しないぞ。限りある体力を無駄に消費するのは……」


「おぎゃあぁ、おんぎゃあぁぁぁ!!」

戸惑いながらも男が話しかけた途端、泣き声は更に大きくなった。

「……。」


和解を諦めた男は「だから子どもは嫌いなんだ…」とぶつぶつ言いながら、警察に電話しようと受話器を持ち上げて、押しとどまった。


「ハカセ?」

不意に固まった男に、ロボットが背後から声をかける。
男は一旦、受話器を置いた。


…実は男には逮捕歴がある。

以前、実験で失敗したお掃除ロボット「クイックリークリーン12号」が脱走して他人の庭に侵入し、花壇の花を荒らすというパニックを起こして通報され→逮捕。

それ以来は自宅ではなく、この施設を借りて地下の実験室で研究を続けているが、警察や近所からは相変わらず「奇人」「アブナイ研究者」というレッテルを貼られてマークされている身だ。

この状態でロボットが赤ん坊を連れ帰ってきたなどと知れたら、逮捕歴が更新されてしまうことだろう。


「マイケル…」

「はい?ハカセ」

「ソイツはお前に任せた…」


男は持病の偏頭痛が襲ってくるのを感じながら、半ば投げやりに椅子に腰掛けた。



***


数時間後、部屋には疲れきった顔でぐったりしている男と、赤ん坊を抱いているマイケルの姿があった。


子どもが嫌いな男としては一刻も早く赤ん坊を“処理”したいと考えていたのだが、その為にひとまず必要な情報を集めることにした。
誰かに相談しようかとも思ったが、こんなことを相談できるような相手はいない。


なにか手掛かりにならないかと赤ん坊がくるまれている布を隅から隅まで眺めてもみたが、どこにもそれらしき手掛かりはなかった。
名前すら書いていない。

そうこうしているうちに、男の脳裏にはある疑惑が浮かぶようになっていた。


それは「この赤ん坊は、本当は捨てられたのではないか?」ということだ。


もし仮にマイケルが誰かの赤ん坊を連れ去って来たのだとしたら、今頃騒ぎになっているはずだ。
第一、ロボットが赤ん坊など連れているのが見つかればまず通報されるだろう。

あれから数時間も経っているが、今のところ警察が訪ねてくる気配はないし、ローカルのテレビや人探しサイトにもこの赤ん坊に該当するような情報は出ていない。

母親は赤ん坊を捜していないのだろうか?



そこで一度情報収集を中断し、ついでに赤子という生き物についても調べた。

赤ん坊が泣く要因は実に様々だが、ずっと泣かれていてはこちらももたないと判断し、得た情報を片っ端から試した。


まず、オムツが汚れていたので取り替えた。腹が減っても泣くらしいのでミルクもやった。
母乳など出せる人がいない(いても頼むのは無理だろうが)ので市販の粉ミルクを溶かし、人肌にしてから哺乳瓶で与えた。

幸いにも赤ん坊は哺乳瓶を抵抗なく受け入れたので、普段から母乳での授乳はしていないのかも知れない。


おかげで男のパソコンの履歴には、
「赤ちゃん 黙らせ方」「赤ちゃん 黙る」「赤ん坊 泣き止む」「赤ん坊 あやし方」
などのワードが並ぶはめになった。


今はマイケルに申し付け、一定の速さ……母親の心音と同じ速度で揺らしながら寝かしつけているところだった。



男はやっと一息ついたと同時に、深い溜め息を吐いた。
見た目は朝より五歳ぐらい老けたのではないだろうか。


親はこういうことを毎日毎日しなくてはいけないのか……。

男はますます子どもを嫌いだと思うと同時に、自分の子どもの頃の記憶と両親のことを思い出し、より一層いやな気持ちになった。

それらの思考を振り払うように、赤ん坊を寝かしつけているマイケルに目をやった。







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by w-xxx.




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