…あ、何て言うんだっけ、これ。
ノイズまみれの藍色が、フレームの端々から侵食して視界を埋め尽くしていく。
それもたった、一瞬のうちに。
掴んでいる手とふらつく足だけで、バランス感覚の曖昧な身体を支えると
私の世界は私だけになった。
『お嬢さんの目は…いずれ見えなくなるかも知れません』
冷静な白衣の大人の声。
それを聞いた母親の泣き声。
理性的な声と正反対の、感情的にまくし立てる声。
何をそんなに悲しむ必要があるのだろう。
なぜ彼女はそんなに泣いているのだろう。
「お母さん」
肉厚な手を握って、その先にあるであろう泣き顔に向かって話しかける。
手の甲に零れ落ちる彼女の冷たい涙と裏腹に、その手はいつも心地良い熱を持っていた。
「私、悲しくないよ。」
…これで余計なものを見なくて済むから。
この世には、見たくないものが多すぎる。
目を逸らしたくなるような、汚い、悲しい、残酷なものが。
母と名乗る女性はそれを聞いて膝から崩れ落ちる。
私は自然と微笑んでいた。
…これからは、気付かないフリをしなくていいんだ。
彼女の隠した肉厚な手に握られた、その鋭いナイフにも。
この世界から私が消えても、
私の世界は私だけ(2012.10.3)