辺りが夜独特の静けさに包まれると、彼はいつもの様に特等席に腰を掛けた。
月明かりが零れる窓辺は、彼の居場所だとここへ来たときから決まっている。
愛用の眼鏡を掛けていないところを見ると、これから日課の読書を始めるわけではないらしい。
声を掛けようか迷っていると、彼は窓の外を眺めながら「いい夜だね」と呟いた。
つられて外を見る。
山の中にひっそりと建てられたこの家の周りには、景色らしき景色はない。
夜空にはぽっかりと丸い月が浮かんでいる。
その外をぐるりと雲が囲って立体的な影を作っていた。
耳を澄ますと微かに虫の声がする。
夏の蝉は死に、やがて秋の虫が喉を鳴らし始める。
彼の背中には、今日も一段と濃い孤独が滲む。
寂しさと無機質を重ね合わせたような侘びしさだけが、彼に覆い被さっていた。
その心を照らし出すかのような月の光だけが、黙ってその細い肩をなぞる。
「明日、午前中に墓参りに行ってくるよ。きっと彼女も寂しがってる」
相変わらず外に視線をやったまま、彼はそう言う。
「三回忌か…」と、低音が空気に溶けるのを聞いた。