「もしかしたら――、
自分が気付いてないだけで、本当はもう会ってるのかも知れないね」
少年がこちらを見たのがわかった。
それと同時に、突然なんの前触れもなく強い風が境内に吹いた。
ぶわっ、と少年の細い髪が舞い上がる。
2つのガラス玉の目が大きく見開かれた。
私はぎゅっと目を閉じる。
風が収まるのを感じてから、もう一度目を開けた。
元通り静かになった境内で、私と少年だけが沈黙していた。
少年はその目にくっきりと写すように、私の顔を見つめていた。
やがて桃色の唇を小さく動かした。
「神様……?」
私は少し困った顔で、その問いを肯定するように笑った。
* * *
神様に会ったことがある、
と言うと、まず大抵笑われる。
小さい頃の話だ、と付け加えると、同級生に「そういうの信じてたんだ?意外〜」と更に笑われた。
今まで誰にも信じてもらえた試しはないけれど、あれは――たしかに神様だった。
小学生の頃、転校してきたばかりの町で上手く馴染めずにいた僕は、いつも放課後1人で公園にいた。
遊ぶ友達もいなかったけれど、母親が仕事に行っている間は誰もいない家に帰るのが嫌で、
いつもブランコに一人で腰掛けては、慣れない街の風景を見つめていた。
――そんな折に、僕は“神様”と出会った。
神様は、一見ふつうの女子中学生のような見た目をしていた。
小学生の僕からしてみれば
中学生はかなり大人に感じたけれど
彼女は僕にとってはこの街で初めてできた友達だったから、とにかく嬉しかった。
すぐに僕らは仲良くなって、
毎日飽きもせず一緒に遊んでいた。
その頃、僕の家は4丁目と呼ばれる場所にあった。
母と2人暮らしの、少し狭いアパート。
その近くに、人があまり寄り付かないような古びた小さな神社があった。
近所に住んでいた僕は、ある日
そこに野良猫が住み着いているのを見つける。
まだ小さくてすごく可愛らしい子猫たちを
僕は友達である神様にも見せてあげたいと思い、
ある日、彼女を連れて神社へと向かった。
神社の鳥居をくぐり、先々進んで子猫の場所へと走る僕と反対に、
神様はゆっくりと踏みしめるように歩いていた。
境内をぐるりと見渡しながら、
まるで何かを考えているようにも見えた。
子猫を見た後2人で石段に座って、僕は本殿を眺めながら
「あそこは何だろう?」
ふと、そう口にした。
彼女はいつもと変わらない様子で
「神様のお家だよ」
と教えてくれた。
…彼女はいつも優しかった。
初めて会った時からずっと、そばにいると安心するような雰囲気を纏っていた。
でもそれが、まさか彼女が「神様だったから」だなんて
すっかり彼女を“友達”だと思っていた小学生の僕が気付くはずもなかった。