カコン、と柄杓の軽い音がする。
水は眩い太陽の光を反射して、きらきらと光った。
あの日の夜とは反対に、明るい光に満ち溢れる朝は、彼には少し眩しすぎたのかも知れない。
今は“彼女”の隣に眠る彼に会いに来るたびに、そんなことを思う。
彼の血管が透けるほどの白い肌は、黄みがかった温かい朝の光よりも、青白く広がる夜の月明かりの方がよく映えていた。
僅かな明かりで辺りを照らす月夜を彷徨いながら、きっと彼は蛍や鈴虫のように、誰かに見つけて欲しいと願っていたのだろう。
……やがて季節は惜しんでいた秋が過ぎ、凍える冬になって、もうじき春がやって来る。
長い長い冬眠を終えた虫たちがそっと目を覚まし始める気温までは、まだ少しだけ遠い。
艶やかな墓石の上をさらさらと音もなく流れていく水に、あの日の彼の記憶を映しながら瞼の裏の黒い闇に委ねた。
「――おやすみなさい」
また次の朝がくるまで……
彼の肌の色みたいに白い、冷たく柔らかい白雪の香りを、大きく胸いっぱいに吸い込みながら
自分の冷え切った赤い頬に、きらきらと光が伝っていくのを瞼を閉じたまま感じていた。
まだ冷たい冬の風に扇がれて、微かに虫の声が聞こえたような気がした。
蛍と鈴虫
(2012.9.22)
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