彼が毎月お墓参りに行く“彼女”のことは、彼と一緒にこの屋敷に住み始めて1年近く経ってもよくわからなかった。
気にならないわけではないけれど、いつも穏やかな笑みを浮かべる彼が、心でその話をすることを拒んでいるのは感じていた。
だから、いつも決まって
「私もお供致します」
と言うのが精一杯だった。
堅く閉ざされた人の心の鍵を開けるのは、容易なことではない。
ならば閉じたままにしておくのも選択肢の一つなのだと、彼が以前言っていた。
「ありがとう」
そう満足げに笑った後、珍しく酒の瓶を開ける。
彼が酒の力を借りるのは、寂しさに耐えられない時だと気付いたのはつい最近の事。
「蛍と鈴虫は似ていると思わないかい」
白い肌に透ける、縦にすっと伸びた彼の首筋の血管を見つめながら
「どうしてですか」
と聞き返すと、彼は目を潤ませて答えた。
その言葉を聞いたとき、やはり彼は寂しいのだと確信してまた胸が重くなった。
彼が堅く閉ざした心の鍵を、そのとき一所懸命に探して、無理にでもこじ開けるべきだったのだろうか。
「蛍が光るのも、鈴虫が鳴くのも、誰かに見つけて欲しいからだ」
彼の目は相変わらず窓の外を、定まらない視点でぼんやり見つめていた。
その瞳は何かを探していたのかも知れない。