ひゅるり
肌寒い風が吹いた。吐く息は所々白く、手足の先が冷たい。気が付けば足下にたくさんの葉が落ちていて季節の変化が見て取れた。
もうすぐ冬が来る。
わたしは走った。あの人がもう眠りについてしまったのではないかと不安に駆られながら。
「白緑!」
白緑はいつもの場所、木の幹に体を巻き付けながら眠そうにわたしを見た。ああ、冬眠が近い。
「おや、名前か」
「白緑眠いの?」
「少しね」
やんわりと微笑んだ白緑は優しくわたしの頭を撫でて眠そうに言う。
私は妖ではなく普通の人間だ。幼い頃の記憶がなく、いつの間にかこの森にいて、彷徨っていたところを白緑に拾われた。白緑はわたしにとってもはや親のような存在、しかし彼はわたしとは違う。
「名前」
「…なに?」
「私はもうすぐ眠りにつく」
「…」
「私が目を覚ますまでは鶸と一緒にいなさい」
「…はい」
お前が襲われないように鶸に守ってもらわなくては、とどこか嬉しそうに白緑が言った。心なしか口調やまばたきが遅い。冬なんてこなければいいのに、白緑が眠るこの季節は大嫌いだ。
「白緑、わたしも一緒に眠りたいよ」
白緑はわたしの言葉に目を丸くし、それからくすりと笑った。
「ありがとう名前」
嬉しそうに笑う彼にわたしはそれ以上なにも言うことは出来なかった。白緑は自分と同じ目の高さまでわたしを抱き上げて、託すように囁いた。
「私の名前、どうか健やかに」
春はまだ遠い。