眠り、眠る。
「ねえ静信さん」
「なんだい名前ちゃん」
桐敷家中(なか)。昼間、屍鬼の眠る時間に人間の静信さんは起きている。私は屍鬼だけれど、人狼っていう普通の屍鬼とはちょっと変わった体質だから昼間でも起きていられた。
「静信さんは怖くないの?」
私は首を傾げて静信を見た。彼は貧血気味で意識が朦朧としているのか瞬きが遅い。
屍鬼――とは人の生き血を糧として存在している者。ほとんどの場合が血を吸った人間を死に至らしている。人狼は特殊で人間と同じ食事でも耐えられないこともないが、大幅に能力が落ちるため屍鬼と同じく血を吸っていることが多い。
私も人間の血を吸って生きているけど、死なせたことは一度もない。それを辰巳には偽善者と言われたが、私の中では譲れない部分だった。
「今ここでこうしている間にも屍鬼狩りは行われていて、もしかしたら今日にでも乗り込んで来るかもしれない。そんな状況の中、静信さんは何を思うの?」
「…僕は、」
そこで言葉は途切れて静信はなにか考えているようだった。貧血気味だからただ単に深く考えられないだけかもしれないが。
問いについては私にも言えることで、屍鬼である張本人なんだから恐怖を感じないと言えば嘘になる。しかし、心のどこかでこの命を絶たれることを望んでいるのかもしれない、そうも思った。屍鬼と人間は相容れない存在。つまり天敵。
「なぜ屍鬼という生き物がいるのかしら」
そもそもの問題を声に出してもどうにもならないことくらい分かっている。しかし思わずにはいられない。沙子を殺した屍鬼が異国から来なければ、沙子が近付かなければ、この村に来なければ――。少なくとも私たちは今まで通り笑っていられた。
「君は、屍鬼が嫌いかい?」
朦朧とした意識の中静信が問う。私は顎を手の平に乗せて、ゆっくりとした口調で答えた。
「どちらでもないわ」
私の答えに静信が首を傾げた。そう、嫌いでも好きでもない。なにも感情が湧かない。あるとすれば、血を吸われたあの日、そのまま死んでしまえばよかったのにという思い。
「ああ、また夜が来る」
気が付けば外は茜色に染まっていて、もうすぐ夜が来ることを知らせていた。
屍鬼の時間がくる。
「お腹が空いたわ」
夕日に目を細めながら、起きあがらなかった人を想った。彼らはちゃんと土に還れただろうか。