昔から縛られるのが苦手だった。
時間でも、人でも、空間でも。
でもなにも縛られていないことが続くとそれはそれで寂しくて、自分から縛られにいったりする。
気まぐれで我が儘。それでも受け入れてくれたのが真琴たちだったから、自分を変えることはなかった。
良い意味でも、悪い意味でも私は子供のままだ。
〇
「最近、怜のこと気に入ってるみたいだね」
三時間目と四時間目の間、授業と授業の間の休み時間に真琴は私にそう告げた。
次の授業の準備をするでなく、ぼーっと意識をさ迷わせていたから少し反応が遅れた。
「…そうかなあ」
「そうだよ。怜とばっかり一緒にいる」
「でも行き帰りは真琴と遙だよ」
「家が近いからね。俺が言ってるのはそういうことじゃなくて、名前は怜の隣ばかりいるってこと」
真琴の行っている意味が一瞬理解できなかった。怜くんの隣?あまり意識したことはない。けれどそういえばお昼ご飯のときとか、怜くんの隣に座ってることが多いかもしれない。
でも、それって
「偶然じゃないよ」
「え」
「名前が無意識に怜の隣を選んでるんだよ」
「そうなのかなあ」
「前は俺とハルの間だったのに」
「真琴さ」
「なに?」
「妬いてるの?」
冗談でそう問いかけると、真琴は目を丸くしたあと顔を真っ赤にした。
赤くなる真琴が面白くてそのまま見ていたら、ガタンと大きな音を立てて真琴は椅子から立ち上がった。
「妬いてる、妬いてるよ。俺は幼馴染みを…名前を、取られそうで嫌なんだ」
いつの間にか静まり返った教室に木霊する真琴の言葉。真琴は真っ直ぐこちらを見ていて、真剣さが伝わってくる。
今度は私が目を丸くして、どうすればいいいか分からなくなった。とりあえず、この場で答えを返してはいけないことは分かった。
○
その後直ぐに授業のチャイムが鳴って、お昼休みがきた。
授業に集中できる訳がなく、またするつもりもなかったので真琴のことばかり考えていた。この問題はもしかしたら私が思っているより深刻なことなのかもしれない。
こういう時に限って一番真琴のことを理解してそうな遙は早々に帰宅している。
「真琴」
「…なに」
「いこう」
真琴はちらりと私を見たあと少しだけ考えて席を立った。
財布を持つ私に気づいたのかさりげなく購買の方へと向かう様子を見せる真琴は、怒っていても相変わらずの甘ちゃんだ。
「ねえ真琴、みて」
「……」
「今日いい天気だから海がキラキラしてるよ」
「……」
「よし決めた。行っちゃおう」
「……え?」
突然走り出した私に「名前?!」と慌てた声が廊下に響いた。
階段を駆け下りて下駄箱で外履きに履き替えると、さらに速度を上げた。後ろからはきちんと追ってくる音が聞こえている。
走って、走って、走った。
けれど男と女の差は明らかなので、限界を迎えた私は途中で茂みに隠れた。段々と近付いてくる足音と声。間近に迫った真琴に茂みから勢い良く突進した。
「ぅわあ?!」
「真琴!走って!海までー!」
一気に背中を押して叫ぶ。
真琴よ、行くんじゃ!となぜか老師風の男が頭をよぎった。
真琴は何も言わず、背中を押す私の手を取って海へとまた走り出した。
真琴の早さについていけず私の足は大股でジャンプしているような、爪先で地面のタップを繰り返して、集中力が途切れれば転んでしまう怖さに冷や汗をかいた。けれど楽しくて、これが青春か、なんてしみじみ感じていた。