渚から始まって平泳ぎ、背泳ぎ、クロールと真琴や遙まで怜くんにレクチャーしても、何が悪いのか進むことはおろか浮かぶことすらできなかった。
当の本人は理論は頭に入っているのに何故浮かびすらしないのか全く理解できないようで、ついには落ち込んでしまった。
そんな怜くんを励ましているのか、プールサイドに体育座りをする男子二名。


「遙、慰めてるのかな」

「あの二人なんとなく似てるもんね」


遙とともに目の前でゆらゆら飛んでいる蝶を見つめる怜くんはなんだか寂しそうに見えた。








「ねえ怜くん」

「なんですか?」


更衣室を出て、幼馴染みと渚が前を歩く少し後ろにいた怜くんの服の袖を掴む。
不思議そうにこちらを向いた怜くんに私は提案を持ちかけたのだった。

それが昨日の出来事。
私はいつもより早く家を出て、学校への道のりを急ぐ。まだ早い時間というのに気温は暖かく、朝からプールに浸かったとしても風邪をひくことはないだろうと少し安心した。


「先輩!」


校門には既に怜くんが立っていて、遅くなってごめんと謝れば大丈夫です、と息を切らす私の背中を撫でてくれる。優しい後輩だ。
事前にアマちゃん先生に許可をもらってあるのでプールの鍵は入手済み。手早く水着に着替えて更衣室を出た。


「では、始めましょうか」

「ハイ!よろしくお願いします!」


怜くんと一緒に軽く準備体操をしたあとに、ゆっくりプールに浸かる。
暖かくなってきたからとはいえ、やはり冷たい。ぶるりと震える私を怜くんは心配そうに見てくる。


「じゃあまずはこのビート板をお腹の下にいれてみようか」

「ここ、ですか?」

「そう、そこ。それでそのままプールにうつ伏せになってみて?あ、手は私が持つから」

「…わっ!」


ビート板の効果もあってか怜くんの体は浮くことに成功した。嬉しそうに頬を染める怜くんに笑いかけて「これが浮くっていう感覚」と告げる。きらきら瞳を輝かせる怜くんのなんて可愛らしいことか。


「よし、次のステップです」

「ハイ!!」

「そのまま軽くバタ足してみて」


言われた通りバタ足をし始める怜くんの手を引いて、私の足もゆっくり後ろへ進める。
顔は上げさせたままなので、景色が変わっていくことにまたも怜くんは瞳を輝かせた。


「これが進むって感覚だよ」

「は、ハイっ!」

「この感覚をしっかり覚えましょう」


グッと手を引く力を強め、私自身を追い越すかたちに水に流す。
怜くんはそのままスイーとある程度の距離までいき、その間バタ足はしていたものの私が進めた距離より先へは行けなかった。ビート板があるからこそ沈みはしなかったが進みもしない怜くんに、いよいよ困ってきた。


「んー、難しいね…」

「なんか、すみません…。先輩にまでご迷惑を」

「ん?ご迷惑なんて思ってないよ。選手を支えるのがマネージャーの役目だもん」


先輩…と泣きそうな顔をしてくる怜くんの頭を撫でた。そんな顔しないの、大丈夫ぜったい怜くんなら泳げるようになるよ、ともう片方の手で怜くんの手を握れば弱く握り返される。


「平泳ぎに背泳ぎにクロール。あと試してないのは、……潜水?」

「それ種目にありませんよね。バタフライじゃないですか?」

「あ、そっか。じゃあそれ試してみようよ」


理論は?と怜くんに聞けば、完璧ですと自信に満ちた顔で答えられる。うん、怜くんにはその顔が一番似合ってるよ。
私は一旦プールから上がって、怜くんの様子を見守る。
怜くんは最初からきちんとやり遂げるのがモットーだからか、スタート地点でフォームをとってから綺麗に飛び込んだ。

水泳に詳しくない私でもこれだけは分かる。怜くんは、バタフライを泳げている。
テレビで見るようなバタフライのフォームとまではいかなかったが、初めて泳ぐにしては素晴らしい。25mを泳ぎきった怜くんは、足をついて遠く離れた場所から唖然とこちらを見ていた。


「怜くん!戻っておいで!」


そんな怜くんに声をかければ大きく頷いて、またプールへと潜る。
先程よりもしっかりした動きで50m泳ぎきると、ゴーグルを外してプハッと気持ちよさそうに顔を出した。


「怜くん!」

「先輩!」

「怜くんー!」


嬉しさのあまりプールに浸かる怜くんに飛びつく。
突然のことにも関わらず怜くんはしっかりと私を受け止め、驚いた様子でこちらを見ていた。しかし私はそれどころではなく、


「やったね!泳げたね!」

「は、ハイ!先輩の…名前先輩のおかげです。本当に、ありがとうございます」

「ううん、怜くんが最後まで諦めなかったからこその結果だよ。おめでとう」

「名前先輩……」


瞳を潤ませる怜くんに優しく微笑めば、ぎゅっと抱き寄せられる。水着を履いているとはいえ上半身裸の怜くんに心臓が飛び跳ねる。互いの体が密着していることに、恐らく怜くんは気付いていない。純粋に喜ぶ彼に水を差しては悪いと背中をポンポンと軽く叩いた。





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