都会から田舎に来ると、最初は不便に感じる。しかし最近は、風が葉を揺らす音とか、道端に生えている小さな花とか小鳥の鳴き声とか、そういうものに敏感になった。そんな自分を嬉しく思うのと同時に、私はこの村が好きだと改めて実感する。



「名前?」

「おはよう夏野」



リビングでぼんやり空を眺めていると後ろから声を掛けられた。制服に着替えた夏野が珍しいものでも見るかのように私に目を向ける。



「なんでこんな早くに起きてるんだ?」



いつもはまだ寝てる時間だろと夏野に言われ、私は曖昧に笑った。

昨日は寝れなかった、否、眠らなかった。兼正が来るのは夜中だから、寝ないで耳を済ましてトラックの音を待った。意味はなくても自分の目であの人たちが来ることを確かめたかったからだ。
うとうととまどろんでいる最中、遠くの方から僅かにクラクションのような音が聞こえた。閉じかけていた瞼をこじ開けて、カーテンの隙間から外の様子を窺う。元々夜目が利く方ではないのでここからじゃよく見えない。私は階段を静かに下りて玄関の戸を開けた。しんみりとした空気が私を包む。茂みに隠れようかと思ったがそんなことは無駄だと思い直して、なるべく自然に見える様、適当に歩くことにした。ザワザワと木々を揺らす風がなんだか騒がしい。


ブロロロロ…


車の音が今度は近くから聞こえた。後ろを振り返ればライトが目に眩しい。目を細めてから手で影をつくり、ライトの先を見据えた。やはりというかなんというか、それは兼正のトラックで、私に気付いたらしくそのまま横を通り過ぎるかと思いきや車は私の隣でエンジンを止めた。



「や!こんばんは!外場村の方ですか?」



ガチャリとトラックから出て来たのは見た目20代の男、言わずもがな辰巳である。人の良い笑みを浮かべ彼は私の前に歩み寄った。



「はい、もしかして兼正に越してくる…?」



彼らにとっては初対面なので私も笑顔を返して質問を投げた。



「や!そうです!申し遅れました、僕は使用人の辰巳と言います」

「苗字名前です。よろしくお願いしますね」



ニコリと笑って自然な動作で握手を求められたので、その手をとってきゅっと握る。辰巳の手は大きくてびっくりする程冷たい。そういえば触れれば屍鬼だとバレてしまうのではないだろうか。まだ何もしていないから平気なのか?笑顔を保ったまま思考は勢いよく回っていた。



「それにしても、こんな時間に散歩ですか?」

「はい、なんだか眠れなくて…」



こんな時間はお互い様だと思いながら正直に話した。原因はあなたたちだということは伏せて。



「そうでしたか…あ、そろそろ行かなくては!時間を取らせてしまって申し訳ありません」

「いえ、お話できて楽しかったですよ」

「そう言っていただけて安心しました。今度、荷物が片付いた頃にでも是非遊びに来て下さいね!」



その言葉に一瞬体が固まった。これか、このためか。一々トラックを止めるなど不自然だと思った。特に、あの辰巳が。彼はこのために車を止めたのだ。私の『招き』を得るために。握ったままの手はまだ離れない。私はこくりと唾を飲み込んで動揺を顔に出さないように彼の手を先程より強く握り返した。



「ありがとうございます。是非お邪魔させていただきますね」

「…や!それでは失礼します!」



辰巳は私の言葉に続きがないことを疑問に思ったのか、僅かに目を細めた。しかしそれも一瞬で、また直ぐに元の顔に戻るとペコリとお辞儀をしてから私に背を向けて車の方に歩いていった。そのまま発車したトラックといつの間にか後ろにあった高級車を見送って、大きく息を吐いた。

――緊張した

まさか辰巳がわざわざ話し掛けるとは思いもしなかったからこそ、――目的は分かってしまったが。さらに眠気が覚めてしまったことに溜め息をつきながら家へと足を向けた。とりあえず今は部屋に戻ろう。接触は出来たがなんとも腑に落ちない。モヤモヤした気持ちが私の心を揺らした。





(一足先に)




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