「こんにちはー」



律ちゃんと少し話して別れた私は徹ちゃんの家に来た。本当は夕方頃に来るつもりだったけれど律ちゃんや先生の邪魔をしてはいけないと思い早々に退散したのだ。静信さんの元へ今更戻るわけにもいかないのでここは少々早くはあるが当初の予定通り徹ちゃんの家に向かった。

声を掛けるとリビングからひょっこりと保が顔を出す。



「名前!今日は早いね。兄貴なら上にいるよ」

「わかったーありがとう」



保にお礼を言って二階への階段を上る。今日は葵はいないらしく武藤家はいつもより静かに思えた。徹ちゃんの部屋のドアの前までくると、微かに徹ちゃんの声が聞こえる。



「徹ちゃん!」

「あれ、名前?なんか今日早くない?」

「うん、ちょっと色々あってね」



部屋を開けた先にはいつも通り雑誌を読む夏野とゲームをする徹ちゃんがいた。夏野から聞いていたであろう私の訪問時間はまだ先で、それよりも早く来たことに徹ちゃんは首を傾げた。



「いろいろ?」

「話すと長くなるよ」



うーん、じゃあいいやと言ってへらりと笑った徹ちゃんの笑顔に安心する。徹ちゃんの笑顔は癒しだ。現にあの警戒心の強い夏野でさえも心を許している。それは徹ちゃんの人柄の良さも関係あるとは思うが、なにより人を惹きつける魅力が彼にはあると思った。



「じゃあ対戦する?」

「それよりもまず喉乾いちゃった」

「上がって来るとき持ってくればよかったのに」

「なんか急に乾いた」

「しょうがないなあ。夏野もなんかいる?」



徹ちゃんの問い掛けに夏野が初めて顔を上げた。「じゃあ、お茶」と一言告げるとまた視線を戻してしまう。取りに行ってくると言って徹ちゃんはドアを閉めた。部屋には私と夏野二人だけが残る。



「夏野」

「なに」

「昨日も寝てないんでしょ?寝てていいよ、帰るとき起こすから」

「…わかった」



夏野に近付いて頭を軽く撫でてやると抑えていた眠気が出てきたようで、そのままこてんと横になった。夏野は恵ちゃんに気付いている。ずっと視線が気になって眠れない夏野を見ていると、いくら恵ちゃんのような純粋に恋をしている女の子であっても辞めてほしいと思った。






(せめて今だけは安らかに)









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