幹康さんと進くんを遠ざけたことで、問題が発生した。
本来ならば進くんが病院へ運ばれる際に、幹康さんも一緒に連れていかれる。 先生が幹康さんの血液を調べ、それがきっかけで病院側の意識も高まるのだが、私が動いたことによりそれはなくなってしまった。二つの命を救うために、一体どれだけの人が犠牲になってしまうのだろうか。
◇
今更になって気づくなんて、なんて自分は軽率なんだろうか。 しかし、もうこの村に二人はいない。この先を変えていくしかない。先生には既にたくさんのヒントを出しているつもりだが、これは私のミスだ。先生自身に掛け合うしかない。
私は急いで身支度を整え、病院へと足を進めた。
焦りからか足は重く、走ればいつもより心臓に負担がかかった。思うように動かない体に苛立ちながらも、病院へ向かう道のりでなんとか心を落ち着かせる。
病院の門をくぐれば入口付近で空を見上げている先生を見つけた。
「先生!」
「ん?おう、名前。久しぶりだな」
「お久しぶりです。それで、あの、少しお話があるんです」
声のトーンを少し下げて、真っ直ぐに先生の目を見た。 世間話をし始めるような雰囲気ではないことに先生も気付いたらしく、場所を変えようと背を向けた。
「で、どうした?なにかあったのか」
病院の中の会議室に通され、広々とした部屋にいくつもある椅子のうち、先生は窓際に近い一つを選んで座った。その隣の椅子を引いて、私に座るよう促す。
先生の声が優しく私の耳に届いた。
「…幹康さんたちが、村を出ていきましたね」
「あー…、そうだな」
「どう、思いますか?」
私の質問に先生は目を丸くした。 隣にいるので距離は近い。体を先生の方に向けて、じっと答えを待った。
「……安心してるよ」
窓から入る心地いい風に先生は目を細めて、一瞬泣きそうな顔でそう言った。
昔からの幼馴染みはこの村を去り、安全な場所へと移ったのだ。安心すべきことだ。そこで幸せにやっていけばいい。 しかし、ここからいなくなったことで二度と会えないような、繋がりがなくなってしまったかのような、他人のようになってしまった感覚が、先生の心に一つの穴を作った。
その穴を空けたのは私で、少しでも埋められたらと先生の手に私の手を重ねる。
「先生、わたし」
「なぁ、…名前。まだ聞いちゃ駄目か?」
「!」
重ねた手を取られ、指を絡ませる。 ぎゅっと強く握られ、まるで逃がさないと言われているようで唇が僅かに震えた。
「………いま」
「ん…?」
「今、体の怠さを訴えている方がいたら…血液を採取して調べてください」
「…名前?」
「それと、その方を直ぐ国立病院へ連れていってください。……私が言えるのは、いまはこれだけです…ごめんなさい」
語尾が小さくなりながら、後ろめたい思いを俯いて隠した。 涙が溢れそうになるのをぐっと我慢して、拳を強く握る。 ごめんなさい、それしか言えなくて。
すべてを言ってしまえば、確実に人間が勝つだろう。先回りして、杭を刺して、殺して。 私はどちらかを勝たせたいわけではないのだ。 けれども今の私は、死んでしまう人を生かせたい一心で結果どうしたいのか分からない。どうなるのかも分からない。
(それでも)
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