少しずつ暑くなってきた気温に背中が汗ばむのを感じた。
外場村に来たのは今から1ヶ月前。 兼正にはまだ人は住んでいないようで、原作より前だと分かる。
「名前」
「夏野、おはよ」
振り返ると暑そうに玄関の戸を開けている夏野がいた。
私は一時的に夏野の家に居候させてもらってるという設定らしく、どれくらいここにいれるかは分からない。なるべく桐敷家が来るまでここにいたいけど、突然戻ってしまうこともありえるから、悔いは残らないように今のうちたくさんしたいことをする。
「今日も寺にいくのか?」
「うん、夏野は徹ちゃん家?」
「ああ」
「わたしも夕方頃に徹ちゃん家に行くよ」
「別に迎えに来なくていい」
「まあそれもあるけど、徹ちゃんと対戦する約束してるから行くの」
じゃあねと夏野に手を振って歩き出す。
静信さんに会いにいくのは日課になってきていて、お寺で掃除の手伝いをしたり他愛もないことを話したりして過ごしている。
「静信さん」
「おはよう、名前」
「おはようございます、今日も暑いですね」
「そうだね、確か昨日より気温が高いらしいよ」
「熱中症にならないように水分はこまめにとっておけよ」
「あ、先生」
静信さんの後ろから尾崎先生がこちらに向かって歩いてきているのが見えた。煙草を吸いながらポケットに手をいれている様は本当に医者なのかと時々疑うことがある。
「やあ名前」
「今日病院はどうしたんですか?」
「やってるよ。今は休憩中」
「そうなんですか」
先生が勤務中(休憩時間ではあるけど)に外出するのは珍しく、なにか用事でもあるんですかと聞こうとしたら、それよりも先に先生が口を開いた。
「明日だっけか?」
「なんだ、敏夫は知っていたのか。そうだよ、明日来る」
「…そうか」
先生は口からふうーと煙を出して何か考えているようだった。 私は二人が何のことを言っているのか直ぐに分かったけれど、あえて分からない風を装って静信さんに問いかけてみる。
「何が来るんですか?」
「ああ…名前は知らなかったな」
「兼正に、とうとう人が越してくるらしいんだ」
「へえ、また変な時期にですね」
怪訝な顔をして首を傾げれば、二人ともこくんと頷いた。 そうして兼正の話はここで終わり、立ち話も何だからということでお寺の中に入らせてもらった。 蝉の声でうるさかった周囲も、お寺の中に入ると遠くで鳴いているかの様に聞こえる。
「そういやあ、名前」
「なんですか?」
「たまには病院にも顔出せよ、お前静信のとこ来すぎだ」
「別にいいじゃないですか。でも、まあ、病院にも行きますよ」
「ああ、待ってるぜ。さてと!じゃあ俺はそろそろ病院の方に戻るとするか」
立ち上がった先生につられて私も立ち上がる。玄関まで送りますと言えば、お前はどこぞの妻かと笑われた。
「じゃあ静信さんのお嫁さんになるかな」
「なっ…!」
「ははは、静信顔真っ赤だぞ」
「ふふ、年齢的にはもう結婚できますよ」
「…あまりからかわないでくれるかな?」
「本気とかいてマジと読みます」
先生と二人で笑ってたら静信さんは顔を真っ赤にして、ぷんすか怒り出した。半ばお寺から叩き出される形で追い出されてしまったのは言うまでもなく。
「先生のせいで追い出されたんですけど」
「もとはといえばお前が静信をからかうからいけないんだ」
「別にからかってないですよ?」
「それより、静信がダメなら俺のところに来るか?」
先生がニヤリと笑ったので、それには二つの意味が込められていると察した。
「先生は既婚者でしょ」
「…不倫」
「先生ってそんなキャラだっけ?」
冗談だよ、と言って尾崎の先生は私の頭をぽんぽんと軽く叩いた。私の静信さんのお嫁さんについては半分本気だったのにな。
(明日からなんて早すぎる)
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