奈緒さんの体調が悪化したとの噂を聞き、私は病院に向かっていた。やはり、村の出来事は広まりやすい。

奈緒さんはもう、長くない。もって二日、早くて明日には亡くなってしまうだろう。



「先生!」



先生と顔を会わせるのはあの雨の日以来、私が出したヒントに先生は気づけているだろうか。
しかし医者という立場上、自分の目で確かめない限り理解するのは難しいかもしれない。



「名前!?どうしたんだ、お前もどこか悪いのか?」

「い…いや、そうじゃなくて、奈緒さんのお見舞いに来ました」

「そうか……奈緒さんなら奥にいる」



先生は焦ったように私の肩を掴んだが、私に何の異常もないことを知ると心底安堵したように奥の部屋を指差した。
近くにいた幹康さんにもお礼を言われ、笑顔を向けてから足を進めた。










「奈緒さん…?」



診察室に入ると直ぐに奈緒さんは見つかった。血色が悪く、頬も痩けて、明らかに容態は最悪だ。目を瞑って体を休める奈緒さんの腕をとってじっと眺めた。



「………二つ」



一見、ただの虫刺されのような痕。だけどそこから大量に吸血されて、今に至る。



「名前……ちゃん…?」

「!!奈緒さん!?」



うっすら開かれた瞳に手を握って存在を確認させる。ヒューヒューと声を出すのも苦しそうだ。



「大丈夫ですか!?……いや、大丈夫じゃないですよね…頑張ってくださいっ、生きて!!」

「ふ、ふふ………大袈裟、ね。大丈夫よ……きっと」



辛そうに吐き出される息、その中で私を安心させようと笑ってみせる奈緒さんに涙が溢れた。
私は奈緒さんの冷たい手のひらをぎゅっと握って、少しでも暖かくなるように努めた。これくらいしか、今は出来ない。



「絶対死なないで!普通に暮らすのが一番の幸せなんだよ!昼に起きて、夜眠るのが、一番の……っ」

「……そうね、そうよね。早く……治さなきゃね…」

「うんっ…うん!!」

「ありがとね……名前ちゃん………」



そしてスッと再び瞳を閉じると、小さく寝息が聞こえた。
これが、そう、多分、最後の言葉。



「ふっ……うぅ…」



何も出来なくて、つらくて。涙が止まらない。また一人、死なせてしまった。奈緒さんが死ぬことで、幹康さんも、進くんも、みんな、死んでしまう。
止めなきゃ、少しでも、止めなきゃ……!



「名前?……!!!」



バッと顔を上げて先生の声に振り向けば、動揺したように見開かれた目が私を見つめていた。
涙とか鼻水とかでぐちゃぐちゃな顔を背けると、暖かい温もりが私を包んだ。



「すまん…名前。助けてやれなくて…」



悔しそうな声、先生も辛いんだ。そう思うとまた涙が溢れてきて、肩に回された先生の腕にポタポタ落ちていった。

首筋に預けられた先生の頭を優しく撫でると、抱きしめられている腕の力が強まった。


先生、先生。
ごめんね、迷ってて。
私も、頑張ってみるよ。









(第三者)














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