辰巳とのやり取りで若干ペースは崩されたものの、私は目的である病院へと向かった。
「こんにちはー!」
大雨のせいで患者さんは一人も病院には居らず、お昼休憩なのか、受付には人の気配がしなかった。 ならば勝手に上がらせてもらおうとかっぱを脱いで、傘立ての上に広げて置いておいた。スリッパに履き替えてパタパタ足音を鳴らしながら尾崎先生の診察室へ真っ直ぐ向かう。
「こんにちは」
「!…なんだ名前か…」
ひょっこり顔を出した私に先生はびくりと肩を揺らして驚いていた。 その際にさりげなく隠された書類。きっと死亡原因を調べているんだろう。
「よくこんな雨の中来たな」
「ええ、まあ」
「…何か用か?」
「用がなくちゃ来てはいけませんか?」
先生は私をじっと見つめてから、先ほど隠した書類を取り出した。 私に限って、こんな大雨の中わざわざ病院に来るなんて用がなければまずありえないことだ。先生が疑うのも無理もない。 もちろん用はちゃんとある。けれど、来て早々、しかも私から切り出すとなると軽い話になってしまいそうで、なんとなく気が引けているのだ。
「昨日、奈緒さんが診察に来てな」
「どこか悪いんですか?」
「いや、ただの貧血だと思う」
「“だと思う”?」
「…………」
先生はタバコを取り出すと一本口にくわえて、続けてライターを取り出した。そして私に気付くと、困ったように笑い、残念そうに二つを元の場所に戻した。
「なぁ〜…吸っちゃだめか?」
「駄目です。その代わり、飴をあげます」
「……………さんきゅ」
あめ玉を三つ渡して、その内の一つを先生が口に含むと辺りにぶどうの匂いが充満した。
「…恵ちゃんも、ただの貧血で亡くなっただろ」
「そうでしたね」
「そんで、今日の夜、今までの事を静信とかと話し合う予定なんだよ」
「………そうですか」
私は俯いて、どう話そうか迷っていた。これをどう伝えていいのだろう。 伝えないという選択肢は、もはやない。
「その、話し合いに一つの答えを」
「……?」
うまく伝わるか分からない。 私はあまり頭がよくない。 ならば、遠回しじゃなくて
「これは、伝染病ではありません」
「!」
「けれど、感染しているのは確か」
「…伝染病じゃあ、ないんだろ?」
「違います」
「名前は、なにを知っているんだ?」
揺れる瞳が私を捉える。 冗談ではないことを、彼は最初から理解している。
椅子から立ち上がって、扉に手をかけた。
「きっと、すべてを」
(行動)
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