大量の雨が外場村に降り注いでいた。 時刻は朝を迎えていたが辺りは薄暗く、まだ夜中のような天気だった。
「集中豪雨らしいわよ」
窓の外を見上げていると小出さん(夏野の母)が話しかけてきた。
「そうですか…雨って珍しいですね」
「そうね。でも土もちょうど乾いていたし、植物には嬉しいかもね」
そう言って優しく笑った小出さんに、つられて私も笑った。可愛らしい人だ。夏野も少しは見習えばいいのに、と仏頂面した夏野を思い浮かべた。
「すみません、レインコートってあります?」
「あると思うけど…まさか外に出るの?」
「はい。先生のところに」
「ダメよ!雨がひどいもの。怪我したらどうするの!」
「大丈夫ですよ。心配しないで」
小出さんが私を心配してくれることは分かっていたが、なにしろ村の中だし、久しぶりの雨ではしゃいでいたのもあって外に出たかった。 結局小出さんが折れて、私は雨の中、レインコートを被って外へと踏み出したのである。
◇
「思ってたよりも…すごいかも……」
暗くて、容赦なしに吹き付ける雨は私が行こうとしている道を遮っているようで中々上手く進めなかった。まるで昔のテレビみたいに白と黒しか色がなくて、いつもの道なのにどこか違う景色に見える。
「ちょっと、怖いかも…」
出かける前はあんなに浮き上がっていた気持ちも、今は水を浴びたように冷たい。帰ろうかな、ぽつりと呟いたその時、
「やや!ずぶ濡れではないですか!」
「!!」
いきなり近くで、しかも後ろから聞こえた声に思わず叫びだしそうになった。それを何とか堪えて振り返れば、ここ最近ずっと見ていなかった辰巳の姿があった。
「お久しぶりですね」
「覚えていてくれましたか!名前さん――でしたよね?」
「はい、辰巳さん」
辰巳はやや!と嬉しそうに笑うと、再び私に視線を寄越して「そういえば、名前さん傘はささないのですか?」と不思議そうに首を傾げた。
「レインコートを着ているので、大丈夫なんです。顔は濡れちゃいますけど、その分服は濡れませんし」
「確かに、お顔がびしょ濡れですね!これを使ってください!」
さっとポケットから出されたタオルに一瞬固まる。え?どういうこと?じっとタオルを見て動かない私に辰巳は痺れをきらしたのか、空いていた距離を詰めて強引に私の顔にタオルをあてた。
「!?」
「動かないでください。まだ拭いきれていません」
片方の手を私の頬に添えて、思いの外優しく雨の滴を拭き取ってくれた。そのため不安定になった傘の持ち手を私が掴んで、それに気付いた辰巳が「ありがとうございます!」と爽やかに微笑んだ。
「はい、これで大丈夫です」
「あ、ありがとうございます…」
恥ずかしくて、目を背ける私にぷッと吹き出す辰巳が横目に見えた。それに睨みで返せば、「すみません…なんだか可愛らしかったもので」とまたも不意をつかれてしまう。 さらに真っ赤になった私に辰巳は笑うのを止めない。
「お前は素直でいいな」
「え?」
「いえ!そろそろ私は行かなくては。これ、よかったら使ってください。それでは!」
一瞬、声のトーンが変わった気がしたが、直ぐにいつものように笑った辰巳に打ち消されてしまった。これ、と言われて渡されたのは先ほど私の顔を拭ったタオルで、返す間もなく辰巳は去っていった。
そこには、まだ赤い頬をした私と辰巳から押し渡されたタオルが残った。
(不意打ち)
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