「ハアッ…ハアッ…」



まだ霧に包まれている村の道を走る。季節は夏なはずなのに森に囲まれているせいか辺りはしんみりと冷たい空気に包まれ、この村には季節なんか関係ないんじゃないかと錯覚する。
私の息遣いと足音だけが響き渡り、それ以外は静寂が耳を支配する。全てを振り払うかのように私は走り続けた。








「ハッ…せ、静信さん!」

「名前ちゃん…?」



長くて急な階段を一気に駆け上がり、箒で掃除に勤しむ静信さんに声をかけた。ここに来る間、一度も立ち止まらなかったから膝がガクガクと笑って腰が抜ける。静信さんはぺたりと地面に座り込む私に駆け寄って心配そうに眉を潜めた。



「どうしたの?すごい辛そうだけど…」

「お寺…まで……はぁ、ずっと走って、きたので…」

「なんでまた…とりあえず、中に入ろう。お水を持ってくるから」



立てる?と聞かれて足に力を入れてみるも中々上手くいかない。「無理みたいです…」そう呟くと静信さんは優しく微笑んで「じゃあ掴まって」と、膝裏に腕を回した。



「わ!」

「ほら、僕の首に腕を回して。落ちちゃうよ?」



その言葉に焦って静信さんの首に腕を絡めると、よしと満足気に頷いて足を踏み出した。
普段華奢そうに見える静信さんだけど、その胸板は案外厚くて、歩いているのに少しもぶれない細い腕に男らしさを感じた。ぴったりと密着する体に、私の心臓の音が聞こえないかと不安になる。
こんなに近くで静信さんを見るのは初めてで、極め細やかな肌や長い睫毛に色々負けた気がした。








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