桐敷家、兼正のことはあっという間に広まった。この小さな村だけでは話題が少なく、時々外から来る余所者は滑降の話題の種となった。
兼正の件に関しても例外はなく、周りを見渡せば“兼正”という単語が尽きない。



「………すごい噂」



私がこの村に来たばかりのときも観察するようなじっとりとした視線を向けられたものだ。元々社交性はある方なので笑顔を向ければ次第にその警戒は解かれていったけど。

夏野は私より先に村で生活していたはずなのだが、都会にはない隣近所の干渉に嫌悪感を示し、態度にも出していたため村の住人による警戒はまだとれていない。



「あっ!名前ちゃーんっ」



自動販売機で買ったジュースに道端で口をつけていると後ろから声をかけられた。引かれるままに振り返れば二つに結われた髪を揺らし、嬉しそうに笑う恵ちゃんがいた。



「おはよ、恵ちゃん」

「おはよっ!ねぇ聞いた聞いた?あの洋館に人が入ったらしいの!」

「そうみたいだね。みんな噂してる」



ぐるりと視線を恵ちゃんから辺りに移すと、そこかしこで人が集まって話していた。恵ちゃんも私と同じように村を見たが、その瞳には冷めた色が浮かんでいる。

正直、恵ちゃんには嫌われると思っていた。恵ちゃんの好きな夏野の家に居候という形だけど一緒に住むことになり、しかも最近は恵ちゃんを避けるために夏野をあまり部屋へ行かせないようにしているから、邪魔な存在だと思われているのかと。



「名前ちゃんは興味ないの?」

「…あるよ」



私の言葉にパッと顔を明るくした恵ちゃんは「やっぱり都会から来た人は違うなあ!」と続けた。

恵ちゃんは純粋に都会から来た人として私に接している。そこに時々憧れが入っているのも知っていた。恵ちゃんが雑誌を持ってきてその場所について詳しく聞いてきたり、私の住んでいた場所はどんな所だったのかと興奮気味に訊ねられたりした。
私は自分の知識の範疇(はんちゅう)であれば聞かれるままに話した。恵ちゃんが楽しそうに嬉しそうに話を聞いてくれたので、どうでもいいことまで話してしまったが。

そうしていつの間にかとても馴つかれてしまって、私を見つけると今日みたいによく駆け寄ってくる。どうやら恵ちゃんは、私が恵ちゃんから夏野を遠ざけているとは考えてないらしい。
ほんの少し、罪悪感がわく。

「ほんとにステキ!あたしもああいうお城に住みたい…」

「確かにちょっと入ってみたいかも」

「そうよね!普通思うわよね?なのにここの住人たら気味悪いばっかで…!」

「まあ場所が場所だからね」

「逆にロマンチックじゃない!ああ…どんな方たちが住んでいるのかしら」



うっとりと呟かれた言葉に「そうだね」としか返せなかった。
まさかこれから自分が大量殺人を起こすなど頭の片隅にもないだろう。
けれどそれを知っているからと言って恵ちゃんを止めることはしない。

屍鬼になるのが恵ちゃんでも恵ちゃんじゃなくても、きっとこの村は近い内にきっと幕を閉じるのだから。








(憧れ)










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