私はごくごく普通の、一般家庭に生まれた。父母は共に仲が良く、家族は円満だった。

しかし、いつからだろうか。物足りなく感じ始めたのは。
友達の中には家族仲が悪く、離婚の危機を迎えるような家庭もたくさんあった。それに比べたら私の環境は充分幸せと言える様な領域で、むしろ幸せと思わなくてはいけないようなそれで。

葛藤はあった。これで満足しなきゃいけない、私は幸せなんだって自分に言い聞かせたりした。
だけど、私の中では家に帰ったらおかえりと言ってくれる人がいて、どこかに出掛けるときはいってらっしゃいと言ってくれる人がいて。居ることが当たり前だった。
だから分からなかった。
平穏な人生が嫌だった。退屈だった。非日常な毎日を過ごしてみたい、そればかりで。



「結局私は何を望んでいたんだろう」



ぽつりと呟いて窓の外を見つめた。

ここは池袋にある、とある喫茶店。散策するために臨也の家を出てきたわけなのだが、半分は息苦しかったからだ。臨也の作り出す空気は緊張しか感じられず、どこかで一息つきたかった。最初よりも若干柔らかくなったものの、やはり慣れない。憧れていたというのが関係しているのかもしれないと思った。



「これからやっていけるのかなあ」



これからあの緊張感の中で暮らしていかなければならないとなると、ストレスで死んでしまいそうだ。
無意識に溜め息が漏れる。

臨也には言っていないが、先のことを知っているとはいえアニメ全体を通してちょこちょこ掻い摘んだ程度だ。そこにプラス原作が少し入っただけで細かいところはよく分からない。頼りない知識でどう進んでいくか、臨也にいつ飽きられてもいいように誰かと親しくなる必要もあるだろう。
どちらにせよ、私が今出来ることは限りなく少ない。



「これから起こることと言えば、臨也さんの…」



そう、あの出来事。人の心を弄んで観察している臨也がすごく腹立たしかったあの話。
嫌なことを思い出したせいか、先ほどまで上がっていた臨也の株が急降下した。

さて、どうしようか。
改めて考える。
あの子、神近莉緒にとってあの経験は良いものであったのだろうか。世間一般の良し悪しで決めるなら悪いのかもしれない。しかし、神近莉緒はセルティの言葉で少なからず思えたはずだ、この世界はそんなにひどいものではないと。だとしたら私の出ていく話ではない。そもそも私は―――

そこまで考えて止めた。
これ以上考えてしまったら私は私の存在を否定することになる。確かにここで、生きている限りは私だけでも私の存在を肯定していきたい。きゅっと下唇を柔く噛んだ。大事なのは出ていくべきか行かないべきかじゃなくて、出ていきたいか行きたくないか。それだけだ。

話を戻すと、神近莉緒が臨也と会う日は正臣と帝人が池袋を回る日と重なっている。帝人との接点はない、正臣となら臨也繋がりで会えなくもないが、そもそも正臣が臨也の連絡に応じてくれるか。やはり臨也を使うのは止めておいた方がいいだろうな。


そうして、考えに耽っていると目の前のガラスがコンコンと鳴る。
顔を上げてそちらを見ればいつも通り真っ黒なライダースーツを着たセルティがいた。



「えっ――!」



びっくりして目を見開いているとセルティは親指を立てて外を指した。こちらに来い、という合図だろう。
いきなりの登場に半ば動揺しながらも席を立って会計を済ませてから店を出た。周りを見渡せば、先ほどとは少し離れた場所にセルティはいた。



「あの、えと…」



一体なにから言えばいいのか分からなくて戸惑っていると、セルティはPDAを取り出して素早くそれに文字を打ち込んで、私の前に突き出した。



『何故いきなり居なくなったんだ!心配したじゃないか!』

「あ…ごめんなさい…」

『全く…新羅も静雄も心配していたぞ。ずっとあの喫茶店にいたのか?』



セルティの言葉に口を噤む。臨也の家にいた、と正直に話していいものか。
セルティはそんな私を不思議に思いながらも、『まあ、名前が無事ならよかったよ』と頭を撫でてくれた。



「ごめんなさい…セルティさん。あの、ところでセルティさんはなんでここに?」

『私のことは呼び捨てで構わない。名前を探していたんだよ』

「えっ私を?」

『静雄と途中まで一緒に探していたんだが、二手に別れたんだ』

「静雄さんまで…」



あの書き置きが余計に心配をさせてしまったんだろうか、そう思って胸が痛んだ。静雄は優しいから、きっと私がまた危険に晒されていないか不安なんだろう。



『とりあえず、静雄と合流しよう。私の後ろに乗って』

「分かりました!」



私はセルティの後ろに跨って腰を掴んだ。



『名前…』

「はい?どうかしました?」

『くすぐったいから、出来たらこう……』



そう言ってセルティは私の腕を掴み、自分の腰に回した。ぴったりと密着した体に、セルティの温もりが伝わる。なんだか酷く、安心した。

私の腕に力が込められたのを確認すると、セルティはバイクを発信させた。馬のように(実際馬なのだけど)鳴いたバイクは風の如く走り去り、その場を後にした。






(発見)









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