「ところで名前ちゃん。もうだいぶ時間が遅いけど、お家の方は大丈夫?」



唐突に新羅からそう告げられ、時計を見てみると時刻は夜の10時を示していた。親に連絡しなきゃと携帯を開くが、その必要はないと途中で気付き携帯を閉じた。



「どうしたんだ?」

「あ…その…」

『もしかして家出してきたのか?』



言葉を濁した私を静雄が怪訝な表情で見つめる。隣にいるセルティは心配そうに私の頭を撫でた。ここで話すべきか話さざるべきか、その二つが私の頭の中でぐるぐるとかき回されていた。まだ出会ったばかりの人たちに(私が一方的に知っていたとしても)、違う世界から来ましたなんて戯れ言にしか聞こえない。決定的な証拠があれば話は別だけど、この三人は有名過ぎて私が持っている知識を話したところで噂を耳にした一般人としか捉えられないだろう。
だとしたら、私には選択肢は一つしかない。



「よく、分からなくて…。名前しか思い出せないんです」

「もしかして、記憶喪失?」



今まで黙って聞いていた新羅が身を乗り出して私の目をじっと見た。仮にも医者である新羅にこんな嘘通じるんだろうか。それでも、今この時だけでも貫き通さなければ頭のオカシイ人だと思われてしまう(記憶喪失という時点で充分オカシイとは思うけど)



「うーん…僕は心理学についてはそんなに詳しくないから、適当な診断は下せないんだけど…。あ、ちょっと携帯を見せてもらっていい?」

「どうぞ…」



携帯を渡したところで、まずいと焦る。その携帯には友達のアドレスはもちろんのこと写真や音楽、今まで生きてきた時間が全てその中に入っている。返してもらおうと立ち上がる前に新羅が声を上げた。



「あれ?なんにも入ってないね。買ったばっかりとか?でも傷とか付いてる限りそうとは思えないんだけど…」



カチカチと携帯をいじる新羅の手元を覗きこんで見ると確かになにもなかった。全データ、ゼロ件。まさかそんなはずは、と新羅から携帯を返してもらいアドレス帳を開いてみるもやはりそこにもなにもなかった。



「どうしたんだ?」

「なにもなかったんだよ、データも全て。唯一あったのは名前ちゃんのアドレスと番号、それだけ」

『壊れた可能性は?』

「長年使われたような小さな傷は所々あったけど、水に濡れてもいないし大きな傷も見当たらないから壊れたっていうのはないと思うけど…」



三人の声を耳にしながら私はショックで声が出せずにいた。私がいた世界と完璧に切り離されたようで、もう帰れないと直接言われたようで。アニメや漫画のキャラクターと話してみたいと思ったのは事実だけれど、ありえないことだと分かっていたからこそ望んだ夢で。
実際に叶ってしまったら、帰りたいと思う私は、わがままなんだろうか。





(遠くなる)









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