「やあ」


池袋の改札を出て直ぐ、誰かに話しかけられた。後ろを振り向くと予想通りの人物、折原臨也がいつものキメ顔で立っていた。


「偶然だね名前ちゃん」

「…そうですね」


嫌そうな顔をすれば嬉しそうに笑われる。このやりとりはもう慣れたものだった。
折原臨也に付きまとわられて早1ヶ月。池袋や新宿周辺に出掛けると必ず先回りして私の前に現れる。私は俗に言う一般人で、折原と関わるまでそういう世界を知らなかったし、気づくこともなかった。彼は本当に突然、私の前に現れたのだ。


「ちょっと…離れてくれません?きしょいんですけど」

「無理かな」


私の腕に引っ付いてくる折原を全力で押してみたがびくともしない。端から見たらまるで恋人同士だ。中身は変態だけど、無駄に顔は良いのであんまり引っ付かれると恥ずかしい。
ほら、みんな見てるし。


「顔赤いけど、恥ずかしいの?」

「今日あったかいからです!」

「ハハハ!可愛い可愛い」


笑いながら顔を近付けてくる折原はうざいどころじゃない。急いで顔を背けるも遅かったようで頬に暖かい感触が走る。


「え、は…!?」

「次は口にさせてよ」

「いっ意味分かんないです!ちょ、近い近い!」

「照れない照れない」


じりじりと詰め寄られて後ろに下がるも、直ぐに背中に壁がついてしまった。いつの間にこんな薄暗い路地に追い込まれたんだ。


「名前ちゃんさあ」


相手の息がかかるくらい近い距離で折原が口を開ける。先ほどまでの冗談が混じった声ではなく、思わず背筋が凍るような冷たい声。
空気が変わった。


「自分は一般人だと思い込んでるみたいだけど、違うから。君は普通の人間じゃない」

「なにを…」

「覚えてないでしょ?1ヶ月前以上の記憶」


反論する暇もなく折原は畳み掛けるように言葉を紡ぐ。
折原の言っている意味が分からなかった。確かに私の記憶はどこか欠如している。しかし、この1ヶ月過ごして、私の取り巻く環境は至って普通の、どこにでもあるものだと知った。


「分からないの?じゃあ教えてあげよう。君はね、違う世界から来たんだよ」


どういうことか、理解、出来ない。しかし折原の目は嘘を言っているようには見えない。本当の事なんだろうか――。
でも、確かに私の通っている学校には私が今までいたっていう形跡が残っている。文化祭のこととか、修学旅行のこととか。写真だってあるのだ。


「そ、そんなのありえません」

「ありえないって言い切れるの?言っておくけど、記録なんてものは曖昧でいくらでも捏造は可能だ。それこそ、記憶さえもね」

「そ、んなの…憶測に過ぎません。確証などないんでしょう…?」

「ないね。俺の憶測でしかない、でも、そうとしか考えられない。現に君に関する情報が欠片も存在しない。その辺の一(いち)女子高生だったらこんなことありえないよねえ」


さらに折原は距離を詰め、私の耳元に唇を寄せた。既に私は一人では立っていられない状態で、両足の間に折原の片足が入ることで支えられている。


「どちらにしても、君は普通の人間じゃないんだよ。君は、君が信じていた“一般人”とはかけ離れた異常者」


呼吸は乱れ、背中には冷たい汗が流れた。折原の低い声が頭に鳴り響く。


「だからこそ、俺は君が欲しい」


意識が途切れる。





呼吸は浅くきみは微笑んだ


dear...森野さま


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