いつもは賑やかな店内も、閉店直後となるとひどく寂しくなる。コーンお気に入りのレコードは音を止めており、今聞こえる音といえば、僕の足音と箒が床を滑る無機質な音だけ。ポッドがいれば少しは賑やかに(うるさく?)なるのだけれど、兄弟二人は明日のために買い出しに出かけている。僕はせっせと掃除に励む。明日来てくださるお客様のためにね。 どんどんどん。 店の入口から何やら音が聞こえる。よく耳をすませば、女の子の声も聞こえる気がする。僕は箒を壁に立て掛けてから扉に歩みより、ドアノブをひいた。 「デントおにいちゃん!!」 声のする方向――つまり僕の腰のあたりに目を向けると… 「あ、アイリス?」 笑顔で僕の顔を見つめるアイリスがいるではないか。夜の外は冷える。僕はひとまず彼女を中に入れてやることにした。 「ごめんなさい、今日はもう店は閉めちゃったんですよ」 「ちがうの!!あ、あのね…」 アイリスは肩から提げたポーチからくしゃくしゃになってしまった一枚の紙を取り出して僕に渡した。首を傾げてもじもじしながらアイリスははにかんでいる。 「アイリスね、デントおにいちゃんと一緒に踊りたくて…」 紙には「舞踏会」と大きく書かれている。…成る程。毎年、春になるとライモンシティで開かれる舞踏会のようだ。きっとシャガ市長の元に届いたものを、アイリスはこっそり持ち出したのだろう。 「とても素敵だ。でもね…」 僕はしゃがんで、アイリスと同じ目線になるようにし、紙に書いてある文字を彼女に指で示してあげた。 「これ、お酒が飲める年齢じゃないと参加できないんです」 「えっ、おさけ?」 アイリスは丸い目をさらに丸くして僕の顔と紙を交互に見ている。そして、唇を噛み締めて悔しそうに、紙をポーチにしまった。 「お、おにいちゃんは?」 「ん?」 「おにいちゃんは、おさけ飲めるの?」 ああ、アイリスは僕だけが舞踏会に参加しないかが心配なのか。それに気付き、なんだか一層彼女が可愛らしくなって小さな頭を撫でてあげた。 「僕もまだお酒は飲めません」 ほんとっ?!と声をあげ、アイリスはいつもの笑顔で嬉しそうにぴょこぴょこ跳ねた。本当に素直で純粋な子だ。 折角サンヨウシティまで来てくれたのだから、このまま帰すのは可哀相だ。何かもてなしてやりたいのは山々だが、アイリスが好きなケーキは品切れ中だ。 しん、とした静寂の中思いついたのは音楽だった。僕はアイリスを椅子に座らせ、奥の部屋へと急いだ。コーンが集めたレコードが手前の棚に沢山しまってある。確かこの辺りに……あった!! 僕はレコードを携えて再び店内ホールへと戻り、レコードプレーヤーの前に立った。プレーヤーに音盤をセットし、そっと針を下ろした。小気味よい三拍子のリズムが店内に流れ始めた。 「アイリス、こっちにおいで」 イスから飛び降り、僕のほうへ歩いてくるアイリス。テーブルに飾っていた花瓶から桃色のガーベラの花を一輪抜き取り、彼女の髪にそっと挿してあげた。アイリスの屈託を知らない笑顔にはよく似合う、明るい花だ。 「わあ!!ありがとう」 「さあ、お姫様」 僕は右手を背中に回し、左手を小さな姫君に差し出した。 「僕と一緒にワルツでもいかがですか?」 アイリスの小さな右手と僕の左手が重なり、僕の右手が彼女の肩に添えられる(本当は腰だけれど、アイリスは小さいですから)。ウィンナワルツのステップなんて僕は詳しく知らないし、アイリスも分かっていないのだろうけど、音楽に合わせて体を揺らしているだけで幸せな気分になれた。 「ねえ、デントおにいちゃん」 「ん、なあに?」 「アイリスがおっきくなるまで、誰とも『ぶとうかい』に行っちゃダメだからね!!」 …まだまだ小さいお姫様も、女王様の素質は持っているようで。 「分かってます」 僕はそう答えて、姫の額に口づけを落とした。まるで誓いのキスのようにね。 ワルツ・ウィズ・リトルプリンセス *** やづるさまより一万打記念リクエスト作品を頂いてきました!ふぉぉ…!舞踏会なんて…か、可愛い…可愛い過ぎる…!最後までにやにやしっぱなしでした(^^)本当に勇気出してリクエストして良かった…!やづるさま!素敵なデンアイをありがとうございました! |