この世界には、相対する2つの世界があるんだ、って昔何かの本で読んだ事がある。その本を読んだ当時は、あたしはまだ小さくて、2つの世界という言葉の意味すらよく分かっていなかったけれど。


それから何年も経ってから、あたしはもう一度その本を手に取って読んでみたいと思った。なんでと言われたら分からない。ただ見たい、知りたいと思ったから。それだけ。「2つの世界」、「2匹の竜」、「双子の英雄」あの本を初めて読んだあの時からずっとずっとあたしの頭に引っ掛かっていた言葉達。


あたしはその本を家中くまなく探したんだけど、古い本だったからお父さんが何処かへやってしまったみたいで。結局その願いは叶わずに終わってしまったんだけれどね。


ねえ、運命って、ほんとにあると思う?


あたしはあると思うな。だってね、今日、あたしは再びその本と出会えたの。ね?これって運命だよね?







「こんにちはー!お邪魔します」


金属で出来た無機質なドアが小さく機械音を立てスライドするかのようにして開く。初めて見た時には驚いたこの都会を象徴するかのようなドアも今では慣れっこだ。人間、都会のような環境のよい場所に慣れるのは早い。


「ベルおねーちゃん!今日はどうしたの?」


ひょこりと年相応な可愛いらしい仕草でドアから顔を出したのはアイリスちゃん。


「今日も2匹の竜についての文献を調べに来たんだけど…いいかな」


「うん、もちろん!おねーちゃんはほんとうに勉強ねっしんだね!」


あたしは、アララギ博士に頼まれたポケモン研究の一環として、ソウリュウシティに来ていたの。市長さんの家にはドラゴンやこの地方に纏わる伝説が書かれた文献が数多く保管されているから、それらを調査するのが目的。最近はこうやって毎日のように市長さんの家へお邪魔して朝から晩まで文献を読むという生活をしているの。


2人で市長さんの自宅の地下へと続く階段を降りて行くと、そこには大きな扉があって。中へ入ると少し埃っぽい匂いが鼻を掠める。アイリスちゃんはここで、何かあったらよんでね、と言って髪を揺らして戻っていった。この静かな空間に私独り。この静けさと古い書物独特の匂いが私は好きだった。


あの本を見つけたのは本当に偶然だった。取りたい書物が本棚の奥の方に入ってしまっていて。周りの本を一旦退した時に、その昔読んだ分厚い革表紙の本が、私が探していた書物の隣で埃を被って静かに眠っていたのを見つけたの。


あたしは真っ先に目当ての文献よりもその古い本を手に取った。そうしてその本の表紙に付いている埃を払って、静かに本を開く。本を開いた瞬間劣化した紙の匂いと埃っぽい匂いが辺りに広がって少しだけ息苦しかった。


その本にはイッシュ地方に纏わる伝説や不思議な話がお伽話風にして書かれていた。その中で見つけた、2つの世界の話。その2つの世界について書かれているページには挿絵が入っていて、それは、イッシュ地方の中心、ハイリンクと呼ばれる場所を接点に二つの円、二つの地球が触れ合っている絵が書かれていた。その他にも、やぶれたせかいという名前の場所や、時空と空間を司るポケモン達が住むとされている空間が挿絵に表されていた。


そっと、その絵を指先で撫でると乾燥した紙の懐かしい質感が指先をくすぐる。あたしは静かに息をして、その本の世界にゆっくりと引き込まれていった。






「ベルおねーちゃんっ!」


「ふぇぇぇ!!」


そのまま本を読んでいると突然後ろから声がして、あたしは驚いてみっとない声を出して持っていた本を落とし、更には尻餅まで付いてしまった。でも、驚いたのは一瞬の事で、振り返ればアイリスちゃんの可愛らしい満面の笑みがそこにあった。あたしはその笑顔を見てほっと胸を撫で下ろす。


「ねぇー何読んでるの?」


アイリスちゃんはぐっと手を伸して落ちた本を拾いあげた。そしてその本をぱしぱしと叩いて埃を落とす。


「その本、内容が面白いなぁって思って」


ふーん、と答えながら、アイリスちゃんはページをめくっていく。そしてある所で手を止めた。そこはさっきまであたしが読んでいたページだ。


「2つのせかい…?あたしこのおはなししってるよ」


「そうなの?」


「うん。たしかほかのほんにもかいてあったよ」


するとアイリスちゃんは本を持ったまま静かに目を瞑ってそれはそれは幸せそうな表情で゛こことは違うもう一つの世界゛について教えてくれた。


「ここじゃないもうひとつのせかいはね、こことおなじ人がいて、こことおなじせかいのかたちをしているんだけど、なにかがちがうんだって。あたしのよんだほんにはね、そのせかいには、たっくさんのみどりがあるなかにおおきな木がそびえたっていて、人もポケモンもみんながしあわせにのんびりくらしてる場所があるんだ、って書いてあったの!」

アイリスちゃんが教えてくれた世界は、理想郷のような、そんな素敵な世界だった。今の私達がいる世界は自分達の発展の為にある世界。お金と技術に恵まれたそんな世界。その世界と、全く反対の世界だ。


「あたしね、いつかそのせかいをみてみたいなって思うの。」

そう言ったアイリスちゃんの瞳は、一点の汚れも無い、美しい瞳だった。希望や理想という光を取り込んできらきらと光る瞳には、この世界のことなど映っていなかった。


私も、この本を読んだ時、アイリスちゃんと同じように、希望や理想に胸を膨らませて、瞳を輝かせたのかな。そう思うと、なんとも言えない気持ちになって、あたしはアイリスちゃんの頭をそっと撫でた。嬉しそうに子供らしい笑みを浮かべるアイリスちゃん。理想を語る少女は、まだこんなにも幼い。


「ベルおねーちゃん…?なんでそんなにもかなしそうなの…?」


「…ううん、なんでもないの」


いつか、その世界に行けるといいね。…その世界を、この世界の現実にできたらいいね。


わたしがそっと呟くと、アイリスちゃんはうん!と元気よく返事をしてその本を静かに閉じた。










少女としろいせかい









しろいせかいにあこがれる少女と、くろいせかいにあこがれる少女、みたいなのをコンセプトに書いたもの。そのうちくろいせかいVer.も書いてみたいです。